デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~輪転白馬に跨って~ Ⅳ
青白い月光が、降り注いでくる。天井に、穴があいていた。
新たな部屋に到達したようだ。
まるで、スポットライトのような光が点在する。それらの下には何も立っていない。広く覆うように存在する球状の天蓋に存在する、数多の貫通穴。それらに真新しさは無い。少しばかり風化でもしているかのようであり、ここにきての足元の砂っぽさにもそれが現れている。
灰色の石畳の上に降り積もる、白い砂。
「看板は出ていないな。また不意に生えてくるのだろうか……?」
「今無いんだから、今度は手を変えてくるんじゃない?」
そう、周囲を見渡す彼女。
少年もそれに倣う。動き出そうとはしない。そもそも、ここは行き止まりだ。だいぶ遠いが、見渡す限り周囲は壁面で閉じている。空いているのは天井の穴たちと、来た道だけだ。
あの闘技場の地上部に近いくらいの広さはあるだろう。これだけ広いとなると、やはり、次は戦闘か? それとも、後続が合流してくるのか? 絞り切るにはまだ早い。
「ねぇねぇライト」
彼女が、裾を引っ張って、声を掛けてくる。何か気づきや発見でもあったのだろうか?
「ん?」
すました顔の彼女。空いている手が、空を指している。
それに従うように見上げてみるが、天蓋の穴が見えるだけだ。
目を細めたり、見上げる角度を変えて見たり、けれども特に変化は起こらない。
「見えてるのはわたしだけ、かぁ……。星がね、見えるの。白くて紫掛かった、点じゃなくて、星型の、星。ライトに見て貰った穴には一つ。あそこのには三つ。向こうのには四つ」
「成程……。謎解きかぁ……。協力しあって解けってことなんだろうなぁ。さっきの看板の件からしてまともな謎解きになっているとは期待すべきではないだろうなぁ……。流石に脈拍が無さ過ぎる。ヒントの一つや二つ転がってないときついぞこれは」
カッ、ザスゥゥ!
「は……! おいおいおい……」
まさか、と引き攣った表情で少年は、突如転がり落ちて、視界、足元前に滑り込んできて、半ば砂に埋もれたそれを拾い上げた。
「さっきの看板じゃあないか……。前の文言うっすらだが残ってるし……」
隣から、自分が手に持つそれを覗き込もうとする彼女の表情も引き攣っている。えっ? 何でこんな雑なことするの? といった感じの。
「『おほしさまを追いましょう。数が増せば正しい道です。でもおほしさまは見える人と見えない人がいます』って……。さっきのとは別の人……?」
「だろうなぁ……。これ、とんでもないハズレなんじゃあないのか……? 前評判も調べず入ってしまったとはいえ……、ここまで酷いのは想定していなかった……」
「アトラクションって質バラバラみたいだけどここは特にねぇ……。雑というか何というか……。力の入れどころがおかしいわよね」
彼女も同じ不満を抱いているようである。
でも、そうであるなら、結論も同じだろう。ここまで来て言い出さないのだ。そう。主催がどれだけ下手糞であろうが、踏み入ってしまった以上、最後までお付き合いする他無い。
「あっちが星一つのところ。星ゼロ個のところはないから、多分スタートはあそこから」
と、彼女が少年の手を引っ張る。まだ手にしたままだった看板を投げ捨てようとすると、
「『ごめんなさい。出すの忘れていました。まだ慣れてなくて……』」
新たな文言が浮かび上がっていた。
何を出すのを忘れていたのだ? ヒントか? それとも、そもそも、彼女にだけ見える星の出現が遅れていたことか? それとも、この謝罪自体か?
彼女にこれを見せたって、また互いに足が止まる結果に終わるだけだろう、と少年はその看板を投げ捨てた。砂に埋もれるように刺さり、碌に落下音も鳴らない。
役割を終えた、ということなのか、地面に突き刺さったそれは、すっと消えた。
「何も……起こらないわね……」
「一から八まで辿るだけでは駄目となると――」
「いや、待って! アレ!」
穴のあいた天蓋そのものが薄れゆくように消滅してゆく。
「今度は私にも見えるのか……」
「仕掛け裏で動かすのが間に合って無いのかもしれないわね……。ほら。今もちょこんと。とっても小さな気配。何か、ぐるぐる回してるわね」
「ちょっと待ってくれ……。それは私には見えていない……」
「繊細な気配だもの。それに敵意もなくて、ただ一生懸命。足りてないけど……。でもだからこそ、ライトは多分こういうの捉えるのは苦手でしょうね」
「どの方向だ……?」
「あっちね。わたしたちが来た方角。道はもう消えてるけどね」
彼女が指し示したその方向を集中して凝視するも、微塵も感知できない。そういう阻害でも掛かっているのかと思いつつも、彼女がわざわざそう言うということは、本当に自分が鋭いのは敵意や悪意にであって、それが無ければ気づけないという何とも酷い穴が自分にあるのは確かだと把握しておくべきだろうと、今後の課題として心の片隅に留めておくことに決めた。
「能力の穴というのは放置しておくには恐ろしいものだ。今度、付き合ってくれ」
「ええ。また今度、ね」
彼女はご機嫌そうにそう言った。
「順路は上、か」
少年がぼそり、そう言った。
少年の目は、そのわずかな変化を捉えていた。
先ほど星の数を増すように辿った軌道。そこから浮かんで、積もる、欠片程度の砂。
だが、それらの高さは、自身が記憶する、星一から星八までを順に結んだ線の通りに高くなっていってはいない。
少しばかり厄介。手摺りなどは無いのは確かだし、何処かで不意に途切れているなんてこともあるかもしれない。一見大丈夫そうでも、近づいたら底が抜けるなんてこともひょっとしたらひょっとすると――と、考え出すときりがない。
何せ、読みにくいのだ。
演出としては割と面白いとは思う。
だが、タイミングがおかしい。
この仕掛けは、天井の星を線を引くように辿っている間に既に作動していなくてはならなかったのではないか? それに、星の目印。自分は踵でぐりっと、地面にしっかり印を付けた上で、自身の魔力も混ぜ込んだことで、見間違えないようにしつつ、星の数も天井の穴の箇所との対応も、しっかり記憶している。癖になっている。こうやって目印を付けて憶えておくことは。
彼女は少年に頼ってか、特に何もしていなかった。もしかしてしっかり記憶しているかもしれないが、それこそ、頭の中でも覗いてみないと分からない。




