デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~輪転白馬に跨って~ Ⅲ
窓の外に再度見えてきた城。
空に浮かぶ、城、と思っていたが、微妙に違うらしい。
円形に切り取られた蜃気楼のように、城の一部がこの空に現出しているのだ。時間ごとに見える箇所が異なっているのに加え、見る個々に応じて見える光景も違う。城の光景が途切れるのは調整の為の時間か? だが、それはあまりに手間を掛け過ぎている気がするが……。
尤も、金銭で完結していないのだ。係員たちがどういった形で糧を得ているかを考えてみれば、それでも収支に問題は無いのだろう。
「視界に収まるのは、仕様だったという訳か。楕円形の縁取りに入った写真のように。そしてその外側は何も無い」
「面白い使い方よね」
「?」
「多分だけど、見えてない部分の方がずっと大きいのよ。そういう絡繰り。空間魔法ね。城自体も宙に無いのよ。使えさえするなら、浮かべるよりずっと低コストで、現実的。何より安全、よね。落ちる、なんてことは無いのだから。魔法が途切れたら、この場所へ開いた口が閉じて、空間の歪みが消えるだけ。とっても安全だし、普通に浮かべるよりもずっと神秘的」
彼女は言いたいことをそのまま口にしている。こちらを読んでの言葉では微塵も無い。だからか、遣り取りはちぐはぐで。けれども、それが心地悪くは思えないのは不思議なものだ。
「そういう使い方もできるのか。君がそういう使い方をしているのは見たことが無いが」
「わたしの場合、もっぱら、一人で閉じこもりたいときくらいしか使わないもの。最近は使うこと自体減ってるけど」
と、少年の方を見て彼女は微笑む。
「あの中にずっといられたら、呼びにいけないから助かるといえば助かるが」
「合鍵、渡そっか?」
「えっ?」
「えっって……。そりゃそうでしょ。緊急時どうするのよ。師匠に言われてわたしが最初に習ったのは、自分の世界の鍵と扉の作り方よ」
ガコンッ!
馬車が止まった。地面に降り立った、ということだ。
まるで気付かなかった。いつの間に、と思わざるを得なかったが、よくよく考えてみると、見えてみるもの全て、現実に存在しているその通りの形では無いのだ。
魅せるためにゆがめられている。
距離も。形も。
ここは楽しませるために、楽しんで代償を望む形で払って貰えるように、敢えてそうしているのだ。客側も、大半が恐らく無意識にそれを受け入れている。
「ライト。ねぇ、ライト!」
「あ……、あぁ……。少し考え込んでいた……」
「鍵のこと……?」
「このパークの仕組みについてさ。頭がこんがらがっていて、君の話はやはり、夜にゆっくり、とさせて欲しい。先ほどのこともあって、考えることを止めるのが怖い。だが、考えていては、楽しめない……」
「じゃ、楽しみましょ。ライトが何とかできないときは、わたしもライトと一緒に困ってあげるわ」
彼女に差し出された手を掴み、彼女に先導されて、外に出た。
そこは、やけに明るげな月明かりの差し込む、城の入口だった。扉はやけに巨大だ。それこそ、巨人でも出入りするのか? という位に。
全長数十メートル、で済むだろうか? 扉自体は消滅しているように見える。
背後、外。雲海が広がっている。
それが全て。見渡しても、月そのものも、他の馬車の影も、浮き島の類も、ありはしない。
前を向くと、早く早く、と自分を待つ彼女と、馬車。とはいっても、白い馬の姿は無い。
その先には、闇が続いている。だが、進む先はその方向しか無さそうである。
見上げても、遥か高く、僅かに霞んで見えるアーチ状の天井。足元を見ても、何の導線も無い。線も引いてないし、数多の人々が通ったことによる擦り切れも無い。
「早く早く~」
ぴょんぴょんとかわいらしく跳ねて、暇を体現する彼女を見て、見習わなくてはな、と思ったり思わなかったり。
彼女と共に、奥へと進んでいった。
「っ!」
突然のそれに、少年は隣の彼女の手を咄嗟に掴んで、引っ張って、引き寄せた。
急に何するの、と、割と本気の怒りを表情を無言で向ける彼女に、少年は指差す。前を。
彼女は首をくいっと、後ろへ傾けて、逆さまに、少年の指す先を見た。彼女の表情が消えてゆく。
看板、である。打ち立てられた、木の看板。雑ではあるが、ずっしりした感じの。頭でもぶつけでもしたら、とても痛そうな感じの。
「分かって、くれたか……?」
「気を張るな、なんてもう言えなくなったわね……」
すっ、と彼女は消えて、少年の手から離れ、地面に降り立った。
彼女が看板を読み上げる。既に少年はその目で、看板の内容を把握した後であったが。
「ええと。『いらっしゃいませ、どうぞごゆりると。まずは御安心ください。ここはパーク開園時から存在する、由緒正しく、安全が担保されたアトラクションです。入れ替わりの激しい当パークにおいて、存続し続けていることがその証拠となります。ですからどうか、まっすぐお進みください』、だって」
と、彼女が、苦そうな顔で、んな訳ないよね、と言外に言ってくる。
「とはいえ、進まざるを得ないだろう? 辿って来た道も見た通りではないのだから。それに、この下手糞具合だとかえって安心できる、とも言えないか?」
だから、素直に、消極的ではあるが従おうと遠回しに意思表示する。
どちらもちぐはぐ。振り回されているのは何も少年だけではないのだから。程度も具合も少年の方がだいぶ酷いとはいえ、彼女も十分に事態に引き摺り回されている、といえる。




