デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~輪転白馬に跨って~ Ⅱ
少年が乗り、彼女が乗り、カーテンが閉まる。
並んで座るタイプであり、片側にしか座る箇所は無い。座った二人が向く先が進行方向、とういことである。
少年の側には、覗き窓が。ハート型などではないただの丸い、けれども二人くっつかずとも外が見える程度の大きさの覗き窓から見える外。
地面を離れ、高度を上げながら、旋回するように昇ってゆく。
全く揺れない。
地面を蹴る振動も、車輪から伝わる地面の凹凸もありはしない、宙なのだから当然といえば当然である。
窓の外を眺める。少年は壁面にもたれ、腕を組んで。彼女は前のめりに。
昼間なのになぜか視認できる、透明なオーロラのような、歪んだ空間の境界を超える――
馬車の中にいるのに、心地よい、冷たい風が吹き抜け、窓の外には夜が待ち受けていた。
少年も彼女も、素直に驚きの表情を浮かべている。
先ほどまでの何とも気まずい雰囲気はどこへ行ったのやら。二人共、年相応に、アトラクションを楽しみ始めていた。
「ん? あれは、城……、か? こういう場合、白亜の城というのが定番だと思うが、地味に灰色ときたか」
少年がそう、小さく独り言を呟く。
「見えないわね……。遠い?」
身を乗り出し、少年の膝を越え、眺めるも見えなかったようで、少年の方を振りかえって、そう無邪気に尋ねる。
「だいぶ、な。しかし、見せる相手を選ぶなんてことする筈も無い。意味が無い背景の一つとも思えない。私たちが乗っているのとは別の馬車だな。順路に含まれているのだろう」
「わたしにも見えたらよかったのだけど……」
と、元座っていた位置に腰を下ろし、彼女は少年にそう、残念そうに漏らした。
「魔法でどうにかすればいいだろう? 私とは違って別に魔力の節約を強いられる訳でもあるまいし」
「ライトさぁ……。わたしの魔法にも向き不向きってものがあるのよ。わたしのソレは、よく見えるようにするのにはとことん向いてないわ。覆い隠すか、暴く。自分の目をよくするなんてのは無理なのよね」
「読めばなんとでもなるだろう?」
ほら、と、言わんばかりに少年は自身の目を指差す。
「それじゃあライトが見たようにしか見えないじゃない。見たい方を向けない。見たいところを見れない。それってつまらないわよ? とてもとても退屈なの。だって、折角生で見れる機会にそんなのってないでしょ?」
「そういうものかぁ……」
考え方自体確かに説得力あるものである。しかし、自分が知るこれまでの彼女であれば、このような選択はしなかったように思える。思い返してみると、出逢った頃とは違って、彼女が読心を使ってくる頻度は下がっている、ような気がする。それが、制御できるようになってきたからなのか、彼女自身の心の変容かは定かではない。何れにせよ、良い傾向なのは確かだろう。
今考えるべきはそんなことより、私が見たあの城を彼女にも見えるように何とかしてあげたいが、どうやって、と思案しつつ、立ち上がって、密着して独り占めにしない程度に窓に近づいて中腰になり、目の前に、片手で輪をつくって、ぐぅぅ、と凝視するさまを見て、少年は思い至った。
「あっ! そうか。これなら、どう、だ?」
少年は自身の掌の上に、すっ、と生成したそれを、彼女へ手渡した。
透明で、短い、筒。その両端を蓋するような、二枚のレンズ。
以前から練習はしていたが、まともに成功させられたことなど無かったが、今ならできると思って、やってみたが、それはあっさり形になったのである。
彼女がそれに手を伸ばそうとすると、
「持つのは側面だ。使い方は、ふふ。説明するまでも無かったか」
そう注意する。彼女は言うことを聞いて、側面を掴み、言われるまでもなく既に、自身の目の前にそれを掲げて、窓の外を望遠するという、正しい使い方をしていた。
「ここの人たちって、お城、好き過ぎない?」
「だな」
「絨毯? カーテン、かしら? どうしてあんなに沢山?」
「もしかして中が見えているのか。どれどれ」
と、少年は外を遠望したが、丁度角度が悪かったのか、そういう演出なのか定かではないが、城は見えすらしなかった。
馬車は動き続けている訳であるし、彼女を邪魔したくない少年は、満足げに、壁にもたれかかり、楽しそうに遠望する彼女を眺めていた。




