デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~輪転白馬の飛翔馬車~ Ⅰ
【学園長の伴侶】
【封印されている】
【見掛け以上に長く生きている】
【魔王でありながら正気な、唯一の存在例】
【ウィル・オ・ライトに解放を願った】
【先払いの報酬。有り得る未来の可能性。呪いの開示。教導による死蔵されてたようなものだった力の解放】
【選ばれたのは偶然か必然か不明】
【関係者周りに多段的な仕込みが為されている可能性がある】
【存在だけでなく、その名を封印されている。但し、記録も記憶も残されている】
【少なくとも、彼の者を封印した存在、ウィル・オ・ライトを呪った存在、収穫の魔女たちを呪った存在は同一】
【敵が現在も生存しているか、封印されているかは不明。しかし、紡ぐ策謀の線の長さも交差の複雑さも常人の外。まともな考えでは読めない。一つ一つで見て、目的や意図どころか、利害すら不鮮明】
【始まりの園は不全を起こしている。時の権能と共に、平行世界を繋ぐ権能による、崩壊を起こさぬ矛盾から奇跡を算出する場としての意義が失われている】
【学園長が真に限界を迎えたならば、かの魔王は手段を選ばなくなる可能性が高い。魔女の伴侶。よりにもよって、魔女の頂に釣り合う存在。敵の目的が鮮明であれば、最も大きなことができる機会はそこになるだろうが、そもそも、敵に目的自体存在するか怪しく、敵と定義すべきすら定かではない。意思ある存在ですらなく、唯の減少である可能性すら拭いきれない】
【この場所は、かの魔王が創造した場であり、故に、かの魔王の伴侶によって、利用者もキャストも、場そのものも、致命に至ることを免れている】
【かの魔王は、始まりの園に収まる前から、一つ際立った性質があった。それは、多段的かつ多層的な、多様な安全策を貪欲なまでに用意していること】
「疲れたよ、私は……青藍……。今すぐ眠りたい気分だ……。ここは時の流れが学園よりも幾分遅いのだろう……」
あの二人と、アトラクションに入ったときからは想像できない位、円満に、協力関係を結んで分かれた後、まだ昼の明るさを保っている公園エリアのベンチに、彼女と並んで座り、少年はげっそりしていた。
事実と推測のつぎはぎに、かの場に引き込まれた少年という信頼できない語り手の説明。それっぽくまとめた事項も、どこからどこまでが正しいのか。
「そんなこと言いながら口は回ってるよね」
「倦怠感に反して、頭は冴えわたっている。大事な上、逃げることも誰かに押し付けることも恐らくできないのだと結論を出してしまった。何より、あの二人には言わなかった、秘したことがある」
「……」
「心の準備、……、いや、違うな……。覚悟……。覚悟が必要なのだ……。最も疑いたくない、だが、そこから始まったのではないかと思わざるを得ない……。話す……。そう遠くないうちに……、とも言えない……。だが、巻き込むことになるだろう……。私一人では無理だ……。直視すると、今でも折れそうになる……。全て……無為になる……」
「少しでも零せば……楽になれるでしょう……?」
「逃げるか直視するかの二つに一つしかない。そして、恐らく、私は逃げないだろう。それこそ、私が、私で、なくなる……」
少年のその様子に、彼女はどうしようもない不安に襲われる。
それこそ、自分が何を言っても、何とかして吐かせたとしても、駄目だ、と、思えてならない。本当にどうしようもない、という予感。運命の相手のように感じていた少年に対し、こんなこと、初めてだった。
深く、沈められている。微塵も、読み取れない。
隠し事。
けれど、嘘偽る為のものではない。
けれど、わざわざ、『私一人では無理だ……』と、言った。
だから、苦しい。
自分が、師匠である学園長くらい強かったら? そういう問題ではない。
信頼されていない? そんな訳はない。
言いたくない? なら、こんなふんわりした不安すら漏らさないようにする彼だ。
自分は、彼の覚悟。その一つを知っている。魔法使いの道を征くと決めて、騎士としての栄誉と積み重ねてきたものを捨て去ったこと。彼にとって、覚悟、という言葉を使うようなことは、きっと、その位のこと。……。最低でも。何せ、彼は、どうしよもなく葛藤しただろうけれど、一人でそれを決めて、貫いて、立っている。そんな彼が、一人では無理だと言うようなこと。
『全て……無為になる……』
消え入るような、彼のその言葉。信じられないくらい、小さくて、弱々しくて、嘗ての自分のような絶望を垣間見た。彼はきっと、失敗したら――折れる。
「いつか、話して。……どうするにしたって、絶対に……。わたし、待つから……。待っている間も、ライトが言えるように、頑張るから」
そう、少年の手に、自身の手を被せた。
それがやっとだった。
言えなかった。
『わたしと一緒なら、やれるかもしれないって、ライトが思えるくらいに』って。
手を繋いで歩いている。
彼女の歩調に合わせて。
彼女が手を握って、引っ張ってくれた。自分一人であったなら、考え込んで動けなくなっていたかもしれない。
嘗ての感覚。
独り。森のあの場所で。考え続けていたあの日々。
どうして、今になって、決断を疑うのだ……?
選んだからこそ、分かったのだ。選んだからこそ、得られたのだ。選んだからこそ、折れずに、いられているのだ。
言いたい……。楽に……なりたい……。
どうせ、帰ったら、話さざるを得なくなる。彼女は否応なく巻き込まれる。私が止めようが、学園長が許さないだろう。師匠もまだ帰ってきていない。だからといって、今更、元・師匠に助けを求めに行く、か……? はは……。どうしてこんなにも、足元が、ぐらついているのだ……。独りでも立つための意思も足も、私には無かったというのか……? 誤ったまま貫き通すことすらできないのか……?
「っ!」
躓き、転びそうになる。情けない……。転ぶなんて、騎士が板についてからは、もう随分無かったぞ……。
ガシッ。
「ふぅ、よっと。よかった。ライト。前、見よっ。危ないわよ?」
見掛けによらない。手首を捕まれ、引き寄せられる。
彼女は作り笑いをしている。
自分のせいだ。
自分をこれ以上暗くさせないために、やってくれているのだ。
そもそも、ここに来た目的すら、果たせなくなってしまうではないか。大事なことだ。
「ふぅ。そうだな。……。問い詰めないのか……?」
「待つって、いったでしょ?」
「それでも…―!」
「無理やり連れてきてよかったのかなって、わたし、どこか後悔してた。最初はね」
「……」
「今はね、ただ、悲しいの。わたし、自分のことばっかりだったなって……」
「……」
何故か、安堵できた。けれども、自分がとても浅ましく思えた……。だというのに――陽だまりに立っているような気分で、心の底からぽかぽかする。享受している。
「楽しんで欲しいって、相手の為みたいに見えて、全然違う……。だって、自分の願望でしかないないんだもの……。こんなことになっちゃって……。こんなのって、ものすごく身勝手で、迷惑でしょ……」
「そんなことは、ない! 私だって、君をえげつない道へ引きづり込もうとしている! っ……! ……」
「必要だって、言って貰えることがうれしい。ライトと出会うまで、まともに見て貰うことさえ、できなかったから」
「あのぉぉ……。お客さぁん……」
浮かぶ、白い馬の頭が、顔を歪ませて、覗き込むように、少年たちの間に、入ってくる。何故かそんな表情に反するように、申し訳なさそうなひ弱そうな男の声色で。
「「!」」
二人は掛けられた声に、びくん、と反応し、二人の世界から引き戻される。
「入口の前ですよぉ。立往生は困りますねぇ」
馬車だ。
一頭の白い馬が引く、二人乗りの馬車。特別なのは、それの背に翼があること。
「……。何とも幻想的じゃあないか」」
「御世辞どうも……」
「……。並んで二人乗り、なのね……」
「嫌……ですか……」
「載せてもらえるかしら」
「ご利用、ありがとうございます。上空は夜ですので、お寒い場合は、身を寄せ合って下されば」




