デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~キャッスルアドベンチャー・ライト・レイ~ Ⅻ
「……」
「……、割れ、ましたね……」
固い石畳の上に躊躇なく座る二人。石畳の上に置かれた水晶は砕け散っていた。
「圧縮記録されていたね……。映っていた内容も、どこまで信じていいか……」
青藍は何も尋ねなかった。相手も分かっていない。答えは得られない、と判断して。
「ライトに聞くしか無いでしょうね……」
「僕も知っている限りは話す。けれど、もう少しだけ、頭の中を整理する時間が欲しい……。彼を、止めてくるかい……?」
「やめておきます。整理する時間が必要ですから。わたしたちも」
【クリスタル・ブレイズ・シールド】
少年は、両手持ちの、透明な全身盾なるそれを創り出し、相手から先ほどよりも更に高密度高頻度で連射で放たれる、人間大の、茶色の繊維ばった、種子の放出の暴威を物ともせず、滞空している。
【†剣打釘打†】【透過針・雷貫連】
「痛ったぁああいいいい! 痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛ぁああああああああああああああ!」
ジリリリ、ゴォオオンンンンンン!
「ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
肉の焼ける臭い。白煙。
「『めくれ……、出でる……、新たな……る……皮……』」
「この歯応え。魔力の波長。魔女、か」
逆光に照らされながら、損傷から新生したその素顔が露わになる。
きつい顔だ。傲慢そうで、性根悪そうで、傷まみれの女の顔だ。
火傷の跡やえぐれた跡など、欠損は無くとも、傷の多い手は薄い褐色。しかし、手袋などでは覆っていない。爪は青紫色に塗られている。
銀、というよりは、白い髪の毛。前髪ぱっつんで、それ以外の部分の長さも、首の真ん中辺りまで揃って均一でありながら、ばさっとしている、けれども痛んでいるのとは違う感じの、おかっぱとショートボブの合いの子のような髪型。
目尻の下がった糸目。くっきりとした鼻に、先の尖り気味の耳。そして、何より、青紫に塗られた唇。そんな彼女の顔は、手同様に傷だらけである。それでいて、髪の毛がその手の損傷からまるで免れているようなのは何とも不気味である。
女性としては高めの背丈。白と黒のエプロンメイド姿、というにはカスタムされ過ぎている。ところどころに、銀色のジッパーやじゃらじゃらとした金属片がぶら下がっている。男よりも手足はしっかりしている。太さが違うのだから。丈が長く、ソックスに覆われた膝下しか見えずとも分かる程度には。それでも太ましいという域には程遠い。鍛えてはいるが、鍛え上げてはいない、といった具合。
「やってくれたわねぇ、ガラガラ声の坊やぁぁ」
「そういう扱いされなくなってもう久しいが、確かに私は坊やという年頃だろう。そちらから見れば。それと、声は今は枯れているだけだ」
「収穫の魔女の名の元に、その自信、青さごと刈り取ってあげる! 未熟な青い果実のままに、終わっちゃえええええ!」
鎌。
草色の刃の鎌。茶緑色の蔦の柄。
「どぉ? 坊やのソレと似たようなモノよ。生きていて、魔力の扱いに長けている」
ビュオン!
(消えた! だが、それがどうした!)
少年は感じ取った。
見えない位早く動き相手何ぞ、上に行けば行くほど、珍しくも何ともないと知っている。それだけに留まるなら、怖くも何ともない。対処に習熟しているならば。訓練でどうとでもなる範疇。
少年は振り返ることもなく受け止めた。
それも、腰から抜いた物理的な刀で。擦り降ろされたチーズの残骸のようになっていた、僅かで、硬度を失った、なまくら未満のそれで。
魔力すら通していない。
業すら載せず。まさに神技。
いつの間にか、少年は鎧を消し、上をとっている。逆さまに宙返りしながら。
「未熟故に、剣自体の性能に頼らねば、非実体は斬れぬのだ。貴様の強さ故に、女とて加減はできぬ。許せ」
撫でおろすように、自重のみで振るった剣は、引くこともなく、ただ、落ちるように、両断した。
目を瞑り、満足そうな表情と共に落ちてゆく少年。その遥か頭上で、鮮血が吹き荒れた。
二つの塊が、落下する少年を追い越して、落ちていった。
「おやおや、お客さん。躊躇ありませんねぇ」
その人を舐め腐ったような軽い声に、少年は目を見開いた。
自身の指先を銃口のようにそれに向けて。
縦に長い胴体を持つクラゲような存在だった。半透明で、模様も中身も見えず、触手は半透明な毛で毛むくじゃらで。落下の風圧に、触手だけでなく、胴体というか頭部もゆらゆらしている。
声や口調で想像した姿とは全く違う。
気づけば、地面。城の上ではなくて、城の外。彼女のいる石畳の傍。斬った筈の女もいて、そのクラゲのような人外もいる。
「専属受付人ぅぅ、斬られる前に止めなさいよぉぉ」
ぴんっ、と女の爪先が、クラゲのような人外の頭部を弾く。ぷわんとぷるっとするだけで、ダメージは無さげである。
「姐さんのバカに付き合うのは旦那くらいだと思ってたんですがねぇ」
「……」
「ライト!」
「……。やりすぎたし、言い過ぎた……。すまなかった……」
少年は、彼女にではなく、ちゃんと、女へ頭を下げた。深く、深く。微塵の躊躇も無く。言葉が長かったのは、自分のやらかしを噛みしめていただけのこと。
「泣いて詫びなさいよ。ガキの癖に、大人ぶって」
「……我が妻は図体だけで……中身はガキなのだ……。ちゃんと大人な筈なのだが……」
と、林檎頭の人外は、女の頭を抑えつけ、頭を下げさせる。女は逆らおうと思えば逆らえるのだろうが、しぶしぶとそれに従っている。
「専属受付人。場を用意できるか? 彼らと話をしたい。あまり他人の目に触れたくない。込み入った話になるだろう」
林檎頭の人外は、そのクラゲの人外に、掌サイズの、黄金色の林檎を手渡す。チップの類だろうか?
「正気ですかぃ? ま、旦那自体には価値ないモノでしたっけ。俺らみたいなのにとっては垂涎ものなぁ訳で。……返しませんよ!」
「満足いかなかったら次が無いだけだ」
「へいへい。じゃ、四名様、ご案なぁぁぁいぃぃぃぃぃ!」
ブゥオン!
ブゥオン!
見たことある部屋に気付けばいた。何てことはない。あの契約の説明を受けた際の部屋と同じ作り、間取りのものだった。




