柩封域自閉城 Ⅲ
【すて、ないで】
心に響いてくる。それは、彼女の声。偽物の筈なのに、直観がそれを否定する。
「本人であって本人じゃない。何ぁんだっ?」
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」
【†居合† †空蹴† †落下強襲†】
「ちょっと、痛い?」
刃を握っていた手から、一筋の線。流れる血の線。滴った赤い血。
刃を引き抜いた少年は、傷をつけた側を見ない。次を見据えて、業が飛ぶ。
【†幻断† †完全同一軌道返刃†】
先読みするように置かれた闇の手首と、不可視で隠されていた極小の闇の渦、影絵の身体は、同時に切り伏せられ、返す刃で、混ざり結合するそれらに、復帰回復を許さない。
刃が軋み鳴く音が遅れて聞こえてくる。刃は黒と茶のまだら模様になっていて、切れ味を失った。
「無理やり言うことを聞かせようとするとそうなるって知ってるでしょ……。僕による阻害じゃあないって気づいたのは褒めてあげるけどさ」
【絶無虚握】
巨大な両手。大きな掌に包まれた。黒々しく、まだ記憶に色濃く残る、仄かな甘い香り。何も、見えない。逃れられない。覆われている。閉じてゆく。
鎧の上から。圧迫されてゆく。
肉が潰れ、筋が裂け、皮が弾け、骨が砕ける。臓物が潰れ、汁という汁が混ざり、零れる。零れる。零れる。滴る。垂れる。流れ出る。止まらない。
「青いね。躊躇したでしょ。そして、諦めたでしょ。これは骨が折れそうだ。借りるよラピスちゃん」
【永劫回帰・直上】
世界を闇が呑む。再び、形になる。
半透明な、砂漠色の直方体の空間の中にいる。その先は、上も下も左も右も前も後ろも、闇だけが広がっている。
そこには、この場所以外存在していないらしい。
「貴様の…―っ! 何をしたっ……!」
「やり直したんだよ? 知ってるでしょ、君は。この魔法を。魔女の魔法のある特質。君は知っただろう? なら、分かる筈だ」
「魔女の……伴侶……。そうか。貴方が、学園長の……」
「よかったよかった。これで信じて貰えるかな? 僕は君の敵じゃあない。現に、君をちょこっと教導してみたんだけど? どうかな? 錆は落ちたんじゃないかな? それとこれからの課題も」
「……。私に何をさせるつもりだ……」
「貰い過ぎは怖いって? ふふふ。踏み倒そうと考えない辺り生真面目なんだろうねぇ。親の教育がよかったのかな?」
「煽るのはやめてくれ。私の内情なんて丸裸なのだろう?」
「分かって堂々できる君が怖いよ。僕が君にお願いしたいのは、封印からの僕の解放、つまり、復活だね」
「昏睡状態で封印された、ということか?」
「はは。分からないね。だって、気付いたらこうだったから」
「調子が狂うな……」
「慣れないときついよ? 君の学生生活は未だ未だ長いだろうし」
「……。貴方も復活したなら教師をやる、とでも……?」
「それだけじゃあないよ? 僕、エラいから」
「自身の復活をまるで疑っていない……」
「最初にして最大の関門は今こうして乗り越えた訳だから。最高の形で」
「まるで何を言いたいのか分からん……。勿体ぶらないできちんと明かしてくれ……」
「最高の形であることは分かるんだ。けれど、その根拠は今の僕の中にはないんだ。答え合わせは、外に出て、君の言うところの学園長と、関係者を集めてのんびりやるといいよ」
「分かる……分かるぞ……。これは相当厄介で面倒な案件になる……」
「悪いことは言わない。受けておくことをお勧めするよ? 君の起源に関わる話でもある」
「貴方は何を…―」
「おっと、時間切れだ。色々聞きたいことはあるだろうけれど、それはまた次の機会に」
世界が――歪んでゆく――
「おい待て! 依頼内容含め、実質何も説明してないじゃないかぁあああああああああああああ――」




