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魔法の家の落ちこぼれが、聖騎士叙勲を蹴ってまで、奇蹟を以て破滅の運命から誰かを救える魔法使いになろうとする話  作者: 鯣 肴
第二章 第四節 奇運奇縁の帳 一日目

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柩封域自閉城 Ⅱ

「起こりすら感知できなかったよね? 避ける余地なんて無いし。最初から君の中にあったんだから」


「設置型の魔法か……。引きずり込まれた時点で既に……」


 カチッ、ギチッ、ギギギ――


 結晶の成長と共に、重さを増す左手。自慢の筋力ですら、既に、支え、立っているのも危うい。


「違うよ? 最初からだって。闘う者としてその姿勢は間違っていないけれど。僕は敵じゃないよ? 悪い奴でもないよ? 今ので分かったよね? 僕は、今の君ならどうとでもできる。そろそろ、僕の名前を教えたいなって思ってたんだけど、どうやら駄目っぽくてさ。欠けてるんだ。ここにある僕の中には名前は無い。ん……? 切ってくれたね。嘘じゃあないでしょ? どう説明すればいいか分からないし、部分部分信じて貰えない箇所もあるだろうし。ごめんね、こんなだまし討ちみたいな手打っちゃって」


 ゴォオ、バリィイイインンンンン!


「剣を使えずとも、抗えないと思ったか!」


「今の出力で君を制するのは骨が折れるけれど、仕方ないよね。君が負けたなら納得してね。再起不能にはしないから」


 少年は、左手指先の硝子の数多の断面から、光の線を、撃ち出すように解き放った。






 あっけない程容易く避けられているように見える。


 それも、妙に気持ち悪い不自然な動きで。


 明らかに、肉体の直接的な駆動による回避ではない。


 棒立ちの姿勢のまま、横、斜め、上方向への、直線的な移動の組み合わせ。まるで、手で掴んだものを、手首から先を固定したまま、動かすみたいな動き。


 そんな動きは少年の長い戦闘経験の中でも、完全な初見であった。


(魔力による駆動に違いない……。だが、起こりが見えん……)


 踏み込み、消える。


「疾いね!」


 ブゥオゥウウウ、バリリリィイインンンンン!


 左手の硝子の残骸がことごとく砕け散った。


「起こりを殺しても無駄か」


(ちっ……何を以って防いだ? 障壁か結界か、斥力か、ただ何かぶつけて相殺しただけか?)


「君が腕を引いた動きも、それをこちらへ向ける動きも、腕がのびていく動きも、僕の目にはとまらない速ささ。だけど、狙いが分かりやす過ぎるね。君さ。格上相手の戦績悪いでしょ? 下手だもん。不意打ちも虚を突くのも。だいたいさ、一発一発考え過ぎ」


 ぐにゃん、と視界が歪む。


 スタッ、と後ろに跳ぶが…―ドンッ!


「一拍子遅いね」


(知らぬ間に壁に追い詰められていた……? 違う。壁が移動したのだ。見渡す限り、部屋の広さは変わっていない。つまり、この空間そのものがやはり……こいつの腹の中……)


「揺らいだね。不測の事態に弱すぎないかい?」


「経験が宛てにならないのでね……」


「おっ? 今のは巧いね」


 近寄ってきた相手の足元に散らばっている、砕けた硝子から飛び出した、光の針の噴射。


 相手に触れる、あと数センチの距離でどれもこれも、止まっている。粉々に砕けるように光は粒子へと、ほどけ、散ってゆく。


「硝子の被膜。圧縮密集させた光の魔力。最初よりも本質に近い。タイミングも実に。これは及第点だね」


「試験官気取りか?」


「そういうこともやっていた時期はあるけれど、その記憶は今の僕のところには薄くしか存在していないんだ。うぅん。折角だし、僕も攻めてみようかな? 試験官ならそうするよね? 詠唱はしてあげるよ。程々に考えてね。『うしろの正面だぁれ?』」


 ぞくり。


 抗いきれず、振り……向いた。


 闇。


 闇。


 闇。


 真夜中よりも黒々しい。


(青……藍……?)


 その気配は紛い物では決して無いと、本能が訴えてくる。ただの彼女の影絵にしか見えないのに。


「君を殺す者さ。現状の君を殺せる可能性の最も高い者を、最も適した形で喚んできた。本人じゃあないよ?それは本人であって本人じゃない。何ぁんだっ? だから、安心して抗うといいよ? 君が無様を晒しても、ちゃんと寸止めで終わらせてあげるから」


 背後頭上からそうやって声が降ってきた。


 目の前の影は、わらった。


(来る……!)


 ひねり出すように魔力を絞り出すと、左手指先からまた、析出する硝子。人差し指に集中させた。放出を。


 込めた。魔力を。強烈に想起した。ひとりでに削れ、扁平に、尖りゆく、光を内包した、か細き刃。


 闇の手首が一つ。浮かび上がり、掴みかかってくる動きを、避けながら、少年は集中する。


 右手指先で、突くように作り出した刃を、根元から折る。


 左手、掌に、焼けつくような魔力を流す。析出する硝子。覆うように。


 砕け、血を吹き出しながら、折りたたむ左手。刃を握り、強く、強く、魔力を込めた。


「うわぁ。躊躇ちゅうちょ|無いね。痛みも後遺症もまるで考えていない」


「そんなもの、砕き、ね、作り直せば問題ない! 既に何度も通った道だ」


「魔法使いのメンタルじゃないよ。黙って騎士やっとけばよかっただろうに」


「知ったような口を……!」


「余所見を許してくれる程、その彼女は君に優しくないよ?」


 浮かぶ、闇の手首の数は、数十に及び、それらは、刃を掴み、虚無へと飲み込む。つぎ込んでいた魔力も、巻き添えに流れてゆく。できた完全なる虚空に、未だ自身の中にある魔力すらも、呑まれてゆく。


 握り潰すことで刃を手放すのと同じ結果をもたらす。


 それらも悉く、吸われてゆく。


 合体し、大きくなる。


 時計回りに渦巻いている。


 新たに現れた闇の手首が、もう、少年の身体よりも大きく成り果てたそれを、少年に向けて圧し出す。


 少年は、それに向かって突っ込んだ。


「なっ……?」


 渦は消える。


 俯き、膝を曲げる少年の口元はつり上がっていた。


 剣を、喚…―んだ。


 軋み、錆びつき、腐食しながら、現れ、罅割れる音と共に、握られる。


 鎧が喚ばれる。何の抵抗も無く。


【†昇振† †斬る†】


「やっと見せたね。強さの断片」


 刃は片手で握り止められている。掌の薄皮一枚、裂くことすら叶わない。踏ん張ることもできない空中で。


【雷鳴…―】


「しくじったね。それは外より引き寄せる力だ。此処には無いよ。それより、ほら。下、下」


【わたしを、みて】


 影絵が、見上げている。


 届かぬ手をのばす。数多の、射程をもった闇の手首ではなくて。自身についたその手を。


 黒い滴。


 それは、涙…なのだろう。

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他にも色々描いてます。
長編から連載中のものを1つ、
完結済のものを2つピックアップしましたので、
作風合いそうならどうぞ。

【連載中】綺眼少女コレクトル ~左目を潰され、魔物の眼を嵌められて魔法が使えるようになったエルフの少女が成り上がる話~

【完結済】"せいすい"って、なあに?

【完結済】てさぐりあるき
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