柩封域自閉城 Ⅰ
半透明な、砂漠色の直方体の空間の中にいる。その先は、上も下も左も右も前も後ろも、闇だけが広がっている。
そこには、この場所以外存在していないらしい。
「貴様の仕業か?」
少年は、そう、左手に喚んだ剣と共に、それの首元に刃を…―
「落ち着きなよ」
毛並みの良い、高く、無邪気な幼い男の子の声。
真っすぐでおかっぱな黄金色の髪。帳のような睫毛に覆われた、くりっとした銀白色の瞳。半透明な白い肌。小さな鼻。小さな耳。白濁した小さな唇からのぞく小さな歯。黄土色の襤褸布を纏っただけの裸体から分かる。自分以上に幼いに違いないだろう男の子。
見ての通り、人ではない。
美麗なる人の似姿をとった、人外。そういった存在はつまるところ、二通りに大別される。大概は人の愛欲を衝く者。そうでなければ――
シャアッッッッッッ!
腰の実体ある刀を、後先考えず、鞘を破壊しながらの右手での最短の動きで――刃はヤスリに擦り当てたチーズのように削れ、尽きた。
「はぁ……。【控えよ】」
左手を肩に乗せ、横薙ぐように払う動き。その銀色の爪先から、水銀のような滴が落ちた。
少年の身体は見えない何かに抑えつけられるように、床面に押し付けられる。
「こんな対峙の仕方はしたくなかったよ。ただ、お願いする為に呼んだだけなのに」
と、本当に年相応な物心ついたばかりのガキみたいに、純真無垢に泣き出しそうな表情で、そんな中身であれば、できる筈が無い言葉選びで、悲壮ぶる。
「……。勘弁頂きたい……」
「駄ぁ目っ!」
「……くそぉ……」
「君、僕のような存在に遭ったことでもあるのかい?」
少年は、圧に逆らいつつ、立ち上がった。
「……。もし……そうなら、いきなり……斬りかかる、なん、て真似は……しない」
鎧を、喚んだ。
圧は、拡散し、震えんばかりに力む必要は無くなった。
「変な話だね。どうしてそっちを使わなかったんだい? あぁ。その鎧ちゃんだよ」
「? ……?」
「知っているだろう? 『それは、生きている』 ねっ? 剣くんと、鎧ちゃんだよ。君はさ。剣くんにすこぶる嫌われているんだよ。その証拠にその子、要所要所で手を抜いてるけど、もしかして、気付いてない?」
「馬鹿馬鹿しいとどうして一蹴させてくれない……。これまで一度たりとも聞こえてこなかった、こいつらの声が聞こえてくるじゃぁないか……」
『半端モンには半端な力と半端な忠義。当然だろうがぁ』
『やめなよぉ……。ライト君は型に嵌められただけゃんかぁ……』
「一方通行だけどね。君の声は、彼らには届かない。別に繋いであげてもいいけれどオススメしないよ?」
「……。貴方が私の知る誰よりも出鱈目なことは分かった。それで、貴方は一体、何者なのだ……?」
「何をさせるつもりだ、とか言わないの?」
「貴方が何者か。それ次第だ」
「変な拘り方をするね」
「大事なことだ」
「それこそ何とでも言えるけれど、僕が嘘言ったとして君、分かる?」
「分かるさ」
「その量じゃ、一回分が限度だよ? ここで切っちゃうの?」
「一回限りだからこそ、ここが使いどころなのさ。貴方のお願いを聞くかどうかを決めるにはそれで十分だ」
冷や汗が背中を伝う。
(彼女の魔力。口から溶けた、彼女の魔力。使えた。彼女の読心が。魔女から伴侶へ分け与えられるもの。ただのキスだけでこれだ。毎日致している訳でも無いというのに。せがんで貰うような軽いものでもないし、手札の一つとして忍ばせておくが吉と、置いておいたはいいが、実験していなければも少し使えた……。いいや……そもそも、ばれているではないか……)
「臆病なのは良いことだよ。蛮勇よりずっといい」
「即、剣を振るった相手に投げる言葉か? それは?」
「そうだよ? だって、君弱いもん。最初から臆病ぶっておけばよかったよねって分かりやすく言った方がよかったかな?」
「こちとら、この手のパターンに入ると碌でもない目に遭ってばっかりなものでね。相手の陣地に閉じ込められるというのはどうも……な……」
「ふぅん。そっか。じゃあ、決めたっ! 僕が君に先払いするのはこれだぁ!」
と、その瞳が一瞬煌めいたかと思うと、
ピキッ、パリッ、ピキィンンン!
それは析出した。
少年の左手。その指先。鎧は消え、針山のようにとがった、透明な結晶が連なるように咲き乱れる。
「がぁああ…―ぐ……ぬぅぅ……!?」
「君のはじまりの魔法と、最小魔法。それらを支え、成立させているものの正体がソレさ。生まれながら君に刻まれた呪いだよ」