デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~キャッスルアドベンチャー・ライト・レイ~ Ⅺ
「青藍っ!」
その声はカラカラに乾き、掠れていた。
「ライト……」
魔法にかけられた彼女は、安堵の表情を浮かべながら、半べそをかきながら、振り返る。
「あぁ。何か、いるな。このアトラクションを担当する係員だろう。ゴールという訳か。……。どうして、そんなに怖がっているんだ? まさか、何かされたか!」
少年から、圧が、飛ぶ。
殺気交じりの、鋭く重い、一方的で圧倒的な圧が。
コツッ! コツッ!
ボウボゥボゥボゥ――!
燭台に火が灯り、それは、姿を現した。
頭が林檎の人外。やけに高そうな服装でありながら、センスが無い。白い襟巻のような襟元から、喉を貫く風穴に、露出する首の肌の樹皮染みた見掛け。
(甘かったのか……? 誰も彼もが真面目に仕事をしているとは限らない、ということか)
「おや? 恐怖しておらぬ。本当に効かぬのか。この手の魔法が。魔女の魔法だというのに」
「彼女に手を出したようだな。幻影を植え付けた、というところか」
少年は剣を喚んだ。
「聖騎士の……剣……?」
「魔法を斬る力を持つ。私の技量と併わせ、貴様のまやかしのみを切断する! その後は貴様だ!」
「掠れた喉で凄むものではないぞ? 気づいておろう。我が背…―」
「行け! 青藍っっっ! 真っすぐ下れ! 穴は空けた!」
圧の質が変わる。
「何をそんなに苛立っている? 落ち着いて振り返ってみるといい。不快ではあっただろうが、危険は無かっただろう?」
林檎頭の人外は、退かず、恐れも怯えもせず、机の上の水晶玉を手に取り、少年が虱潰しの部屋探索をしている様子や、悪臭や触手を相手に彼女と共に戦う様子などを映し出した。
(よく……言う……。見ていのだろう……? 仕込んたのは貴様に他ならない……)
大木が割れ裂ける音とともに、踏み込んだのも降ったもの見えない、深い深い斬り上げる斬撃の衝突と破裂の音が、振り終わって姿と剣が現れたところで、鳴り響いた。
封印の林檎が、少年を覆いながら。
弾け――飛んだ!
光と熱。紫電と煙。
収束。硝子。管。針。居貫く一撃。
【光輝百斂・発】
林檎頭の腹を貫き、砕け、炸裂する、閃光と熱波。周囲の壁や天井ごと、吹き飛び、光がたちのぼる。
少年の身体は、高く罅割れる音を鳴らしながら、その全身から、硝子結晶が析出する。それだけではない。莫大な魔力の一瞬での消耗により力が抜ける体を、踏みとどまらせ、立つ。構えた剣を、落とさない。
(……。あのいけ好かない男の言う通り……、確かに強力……。とはいえ、未だ、上手く扱えるには時間が必要か……)
止まらない。
踏み出し、踏み台にし、跳ぶ。
頭上に迫っていた、数多の、人間大の、茶色の繊維ばった、種子の暴威。雨あられと埋め尽くすように降ってくるそれは、岩雪崩れよりもえげつない。
鎧を喚び、剣と、腕でいなしながら、それらを踏み台に、時に間を這うように、時に弾いて抉じ開けるように、抜けて、昇ってゆく。
異様な程に、濃い空気に、一瞬、意識を失いそうになるが、そんな少年の周りに、現れる。少年から光のぶつてとして表れて、形になるのがそれら。次々に現れるそれら。『光魔』と呼ばれるそれら。
それらが、少年の背を、手足を、支え、上へと押し上げる。散り、光の粒子となって、少年の身体に吸収されてゆく。
うねるようにぐにゃる視界と、逆流した魔力により内から弾けそうな吐き気を催すも、血走った目で、見上げた。
(魔女……。貴様らが青藍に何をしたか。抽出し、もし、もしも、許せないようなことをやっていたのならば、その時は本当に、断末魔をあげさせてくれる……)
【雷鳴剣】
雷が、その身に、落ちた。
明らかに異常な憤怒。系統に加え、趣すら違う新たな魔法。
思い出して欲しい。
少年と彼女が分断された後、水晶での監視が外れた時があったことを。
その前後で、少年の喉が枯れたことを。
命の危険は、あった。
彼らの伺い知らぬところで。少年だけが、味わって、死線を抜けてきた。
それ故の、明らかに位階の異なる、強烈な魔法。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
城の外。先ほどまでいたであろう上を見た。
派手に吹き飛んで、光の柱が上がるのが見えた。
「ライト……。っ……!」
青藍の足首、そして、胴へ。地面から突如生えて巻き付いてきた、蔦。
そして、地面からうにょっっ、と生えてくる。土煙を起こして。
浮かび上がった人のシルエット。
「ごめんねぇ。こんなことになっちゃって」
砂煙から出てきたのは、首から下は恐らく人間で、首から上が林檎な、やけに高そうな偉そうな衣装なのに、センスが酷い、林檎頭の人外。下の白タイツなんて最悪もいいとこだ。
「あ、これ返しておくね」
と、彼女の頭に触れた、白い手袋に覆われた手から、緑の光が露光する。
「っ! さっきの!」
「ああ。そうだよ。綺麗に戻ったっぽいね」
と、蔦による拘束は解かれた。
「ところで、寄らなくて大丈夫? やるつもりなら上に送るくらいならやるけれど。あ、僕は参加しないよ。妻くらいになると全力を出せる機会なんて滅多に無いし。言った通り、妻のガス抜きの為というのがメインの目的だったからね。願っても叶わない大目的が何故か先に叶っちゃったけど」
「よく分からないんですが、ライト、あんなには強くなかった筈なんです……。明らかに、おかしいです……。ただ怒っているだけじゃあ、ああはならない……。だって、ライトが前暴走した時でも、あんなには……」
「うぅん。彼、確か、あの光の柱をあげる前にさ。妙な反応を見せたんだ。僕はこう言った。『何をそんなに苛立っている? 落ち着いて振り返ってみるといい。不快ではあっただろうが、危険は無かっただろう?』って。すると、彼は抑制を止めて、剣を振るって、あの光の柱の魔法を放った。よくよく考えるとさ、彼の前職からして、ただ叫び続けた程度、それも一日にも満たないたったあれだけの時間で、喉が枯れるなんて、おかしな話なんだよ。ああ、声の再生は切っていたからね。でも、記録はされていたし、別に再生しなくとも僕は読み取れるから。上手くいくか分からないけど、探って、みる? あ、別に何か払えとか言わないよ。どうせやるんだし、君が一緒に見ようが見なかろうがやることに変わりはないからね」
そうして、石畳の上に置かれた水晶。固い石畳の上に躊躇なく座る二人。その水晶の中で形になり始めた光景に目を向けた。
ここでは無い何処か。
そして、少年と、現れたもう一人。
「ば……馬鹿な……。せ……先生……」
男はその人物を知っているようだった。




