デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~キャッスルアドベンチャー・ライト・レイ~ Ⅹ
闇の渦が、析出してくる硝子を、塵にしていきつつも、析出は止まない。拮抗している様子だった。
「僕らを呪った奴と学園理事長を排除したのはきっと、同一人物だろう。でも、嫌な予想はそれだけでは終わらない。これは僕らにとってではなくて、君にとっての嫌な予想になるけれど……。君の彼の関係者、多分両親の両方または何れか。次に親族。深く根付いている。生まれてすぐか、もしかすると、それより前に……」
「……」
「猶予は未だあるだろう。学園は未だ運営されているということだ。君たちがその証明である訳だし。しかし、知らないかぁ……。学園理事長は学園長以上に有名な筈だけども……。学園長は寧ろ、学園理事長の妻、としか」
「わたし、学園長の弟子なんですけど……。いくら聞いたって、教えてくれませんでした……」
「伴侶を失って、崩壊せずいられるってことは、相当な無茶をしているだろうね……。自身の記憶弄りもその中にきっと含まれているだろうね」
「わたしは物心ついてすぐの頃に学園長に引き取られました。でも、学園長が狂う素振りなんて見せたことはありません……。わたし、ライトと出会うまで、こんな、だったんですよ……?」
と、指輪を外し、闇を漂わせ、相手の身体が椅子の上で僅かに後ずさったのを確認して、再び嵌めた。
「今まで、効かなかったのはライトだけです……。……。どうして、狂わずにいられるんでしょうか……」
「君の彼については、その指輪の封印複製の調査結果次第かなぁ。学園長については予想はつくよ。実に単純だ。死んだ訳でも消滅した訳でもない。封印か隔離か昏睡。おそらく、そのどれかだろう。どこにいるのかも、辿り着くための手立ても、宛てはあるんじゃないかな? それはそうと、あの人は不滅だからね。昔お世話になったものでね。僕らが呪われるより前のことさ。極まった魔法使いは不老不死くらいは当然。限りなく不滅に近いのさ。共通する弱点、といっていいかは怪しいけど、付け入る隙があるとするなら、それは心。それこそ、もう一歩どころか、もう半歩で、神に至るようなところに自分の意思で留まっているのが、極まった魔法使いというものだからね」
「私には、学園長の伴侶のことは分かりません。全く知らない人ですし……」
「でも、きっと、知っておかねばならないよ? 何せこのパークは、あの人が創造した場所。魔女の執着を舐めてはいけない。あの人の性格からして、自身を助ける為のもしもの手段は必ず用意している筈だ。あぁ、学園理事長はね『魔王』なんだよ。『魔王』でありながら、狂っていない『魔王』。恐らく、現在までに、あらゆる世界含めて唯一の」
「……」
ピキピキピキッ、ペキッ!
硝子の析出が優位になり始める。指輪を再び外そうとした青藍を、林檎頭は制止する。
「ごめんね……。干渉がきついんだ……。思っているよりも、ずらされる……。君の闇でも、抑えきれないみたいだね。僕の話は終わりかな。今度は君が話してくれるかな? 今した話には触れずにいてくれるなら、何でも構わないよ?」
机の上の水晶に映っていた光景は消え、再び、虱潰しに片っ端から部屋を調べる少年の姿が映る。
「ふぅん……。それは焦り過ぎじゃあないかな? 彼を好きになる女の子は確かに君の言うとおり、それなりに現れそうだけど、多分、付き合いきれないんじゃないかな、彼に?」
消える前の光景を映していたのは青藍である。映していたのは、見せていい範囲の自身の記憶。
「常人相手との恋愛は無理だろうね、彼は。結構神経質だし、冗談も通じにくい。やたらめったら器用で、一人で何でもできてしまう。一人で完結してしまう。隣なんて無いんだよ。彼一人の方が、何をやるにしても大概上手くいってしまうだろうから。恐らくだけども、人間関係も、上手くやろうと思えばやれるんだと思うよ?」
「騎士を率いていたっていうのはそういうことだよ。魔法使いみたいに単純に、個人としての職業技能で治めきるなんて無理だよ? 魔法使いと同じように、ありとあらゆる世界に、騎士は存在するし。彼の場合、ただ、面倒だからとか、虚しいからとかでやらないだけじゃないのかな? あくまで僕が君に聞いた範囲から推測できるのはこの程度の浅さが限度かな。一応聞くけど、ふかしじゃないよね……? 聖騎士蹴るってどういうことさ……。世界によっては、両方に適正があったという話は例外といえる程度の数ではあるけれど存在しているし、遥か昔に遡るなら稀によくある程度だったらしいけど……」
「ま、それは置いといて。そもそも、彼、女の子をそういう目で見るには未だ未熟なんじゃあないかな? 指輪を嵌めた今の君の隠すべき部分なんて見せられたら、大概の男性の目は否応なくその光景を追うし、否応なく、臍から下は反応するよ。はは、僕は無いよ。重いからね、僕。彼もそうなるんじゃないかなぁ。だって、どう見たってベタ惚れじゃないか。彼。君に。だから、我慢して、待ってあげたら、と締めくくる意外に無いかな」
「そういう……もんなんですね……」
「周りと比べでもしたかい? 意味無いよそんなの。そういうもんだから」
「はあ……」
「それと、彼だけじゃあなくて、君にも覚悟が必要かな。彼はどう見たって、色々な意味で、重いよ。近い未来でいうと、君が彼の魔法使い云々じゃあない本能に付き合い切れるかどうかってことさ。なお、逆は考えなくていいとする。何でそう言い切れるんだって? 僕、現在進行形で魔女の伴侶やってるんだから。普通の人の何周分くらいやってるかなぁ。それ位長く、ね。彼はどう見たって、自責が強いタイプだろうから、その辺りだけ気を払っておけば致命的なことにはならないだろうさ」
タンタンタンタンタンタンタンタン――
「辿り着いたようだね。じゃ、僕は妻起こすから。椅子仕舞って、通路の側に寄って、構えてね。最後は、化けた僕らとの、鬼ごっこさ。こうやって長い話をしたのは、君の抵抗を破って、オバケに怯える怖がり魔法使いの気分になって貰う為さ。君の彼は既に妻の魔力を吸い過ぎた。ごめんね。妻のガス抜きの為なんだ。別に捕まっても酷いことになったりしないし、楽しんでいってよ。仮にもアトラクションだからね、ここも」
「ありがとうございました」
と、青藍は素直に頭を下げ、椅子を空間に仕舞い、言われた通り、通路入口に寄るように離れた。照明である燭台の火が消えてゆく。
「いいよ。僕たちもこうやって付き合って貰える訳だし。お察しの通り、他は悉くハズレだったからね」
徐々に、頭から記憶が薄れ、恐怖が形作られてゆく。びっくりしたり、わあっと脅かされたり、ぞくっとしたり、といった、逃げ惑う、記憶と感情の蓄積が、積み重なってゆく。
燭台の火は全て消えた。
近づいてきて大きくなる駆ける足音。
ひんやりして、根をはったように動かなくなった心地の足。カチカチカチ、震える歯、青み掛かる唇。先の見えない、闇。




