デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~キャッスルアドベンチャー・ライト・レイ~ Ⅸ
「お待たせ。このままでいいかい? 冷たくもできるけど」
「お砂糖、よければ貰えるでしょうか」
「林檎砂糖と普通の砂糖どっちがいい?」
「……。林檎砂糖って、どんなのです?」
「黄金色の、林檎の蜜から作った、純度の低い砂糖さ。普通の砂糖とは甘さの種類が違う。一応どっちも出すから、入れる前に舐めてみて決めるといいと思うよ。それとね、実は、入れなくても十分甘いよ。これもまた、砂糖とも果物のとも違う甘さだけれど」
と、何も無い空間から、白い皿と、その上に、一つずつの指先程度の大きさの白いキューブと黄金色のキューブが。
透明なグラスのティーカップの、林檎の芳香漂う紅茶と共に、青藍の前にふわりと置かれた。
「貴方は飲まないのですか……?」
「飲みたいのはやまやまなんだけどねぇ。飲めるのは年に一回だけなのさ」
「あぁ、そういう……。ごめんなさい……」
「いいや、いいっていいって。僕が言い出したことなんだから」
「そういえば、わたしが言うのも何ですけど、口調、さっきと違ってますね」
「だって妻が言うからね。『そんなの似合わない! もっと恰好つけてよ!』 ってね」
「ふふ。確かに言いそうですね」
「だろう? あっ、寝てるねぇ」
と、思い立ったが吉日と言わんばかりに、隣の林檎にもたれかかるように体を預け、林檎な顔面を当てながらそう言った。
「手……大丈夫ですか?」
「うん。もう塞がってるよ」
と、手袋を外して見せてくれたのは、木の幹のようにしわしわになって、硬くなって、人の指の形はしているが、人のそれではどう見たってなくなっている、枝分かれした樹木の枝そのものなそれを露わにした。
「っ……!」
「好きでこうなったのさ。好き好んで。だって、僕は彼女を愛しているから。いなくなってなって欲しくなかった。居てくれたのは彼女だけだったから」
「……」
「魔女の伴侶ってさ。魔女側だけお得な一方的な救いに見えがちだよね。でも。違うんだよ。大概、男の側もどうしようも無い奴ばっかりだったりする。君の彼は呪われてはいるけども、その精神だけは翳りも濁りもなく輝いている。眩しいよね」
「っ!」
「どうしたんだい? そう慌てずとも、別に彼が来てからでも時間は取れるよ。妻はこの通りだしね」
「だって……、呪われてるなんて、そんなこと、全く……」
「かなり特殊な呪いだよ。同種のものを受けたことがある者にしか疑うことすらできない呪いさ。魔女の呪い。けれど、不完全。恐らく、掛けた魔女は既に死んでる。でも、だからこそ、解呪もできない」
「なら、わたしがこうやって認識できたのは……」
「その指輪だね。君が誰かを呪った訳でもない」
「えっ……」
「言い方が悪かったね、君の指輪のそれは、祝呪とでも言ったほうが良い代物かもしれない。言ったよね。同種のものを受けたことがある、と」
ガタンッ!
「落ち着きなよ。気持ちは分かるけども。妻が起きてしまうから。ね。で、続きだけど、僕も妻も、そのときの記憶は奪われている。だけど、今の僕がこうで、妻がああなであるのを決定付けたのは、その指輪の呪の部分さ。君の彼の身に残る呪い。そのほんの一部。食らったことがあるってことさ。儲けものだよ全く。代価を払って、VIP待遇を維持し続けた価値はあったよ。ちょ……! 身構えないでって。取ったりしないよ。彼も、その指輪も。妻の伴侶たる僕は、妻の魔女としての権能の一部を与えられている。それは、自己複製。果物ってさ、増えるよね。植えたら咲いて、また増えて。その呪いの欠片を、複製させて貰うかとね。もう一つの権能、種子休眠によって、最小の規模で固定するのさ。そして、お見せした通り、僕の十八番は封印。調査結果は君にも共有するよ? 彼には教えたくないとかだったら、君にだけに密かに届くようにもできるけれど」
「それは後で決めます。彼にも聞いて、決めたいと思います」
「強いね。だって君は今想像した。僕みたいに成り果てることを。僕自身は別に美形でも何でもなかったかし、自分の容姿どころか顔にも興味無かったけれど、女の子にこれはきついよね」
「……」
「何も悪いことじゃあないんだ。嫌なことは嫌。言える方が絶対にいい。溜め込んだって、いいことなんて何も無い。妻の場合、溜めこむと、傷つくんだ。物理的に。妻もあれでも女の子だった。ん? 今はもうそういうの気にする年でも無いよ。そもそも、僕が気にしないんだから問題無いし」
「貴方も大概……強いですね。心が……。わたしはうじうじしてばっかりです。彼も落ち込んだらそういうところありまけど」
「いいんじゃないかな? 悩まないよりはずっといい。君たちを見ていて分かったよ。それは青い悩みだ。その青臭さは、必ず良い思い出に――ま、まあ、よっぽどしくじったり拗れたりしない限り大丈夫だと思うよ? 僕らも結構拗れたけど、何だかんだ今のように収まってるし」
「彼の呪いの話に戻ろうか。少なくとも、犯人は、僕らが学生時代を過ごした学園に出入りしていた者か学園に在籍していた誰かに絞られる。そういえば、君はどこ出身かな? 恐らくまだ学生だろう?」
「『始まりの園』です」
「うんうん。っ! えっ……? 確か、あそこへの窓は閉じていて開かない筈……。いや、だけど、平行次元の全てが閉じた、とは限らない……」
「わたしたち、今の通ってるんですけど……」
「じゃあ、今の学園長は誰だい……?」
「ラピス=ラインゴルト」
「だよねぇ。じゃ、学園理事長は?」
「えっ……? そんな役職の人、いませんけど……」
「……。…………。そういう……ことかぁ……。平行世界の窓が悉く閉じている訳だよ……。時間軸移動。平行世界移動。その二つの、神の如く権能の一組を以て、かの場所は、始まりの場所として、変わらず存在し続け、全てが交わる。それが破綻したということは、学園長は本当に、健在……なのかい……? っ! うぐぅ……」
林檎頭の、白き襟巻の内側から、貫き、裂き、現れた。喉元が半透明になり、硝子の結晶が析出している。
血が噴き出し、流れ続ける。
「っ!」
青藍は躊躇しなかった。指輪を外し、未然なる影を喚んだ。
硝子の辺りごと、虚空に呑み、そのまま闇の渦を残置した。渦は濃い靄を発生させている。煙幕のような濃い闇が立ちのぼっている。
青藍は急いで指輪を嵌める。軋む音がしたが、砕けはしていない。
薄れてゆく闇の靄から、聞こえてくる声。
「ありがとう……。見事としか言いようがないよ。何より、君は赤の他人たる僕の為に危険を冒してくれた。何の代価もまだ払っていないというのに。だけど、これはいよいよ大事かもしれないね……。ここから先は未知だ。予想に過ぎない。けれども、学園長、多分、そう長く無いよ。不滅の筈のあの人がよりにもよって……。本当に、世界がバラバラになるぞ……」




