デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~キャッスルアドベンチャー・ライト・レイ~ Ⅶ
闇を抜けると、薄暗い廊下だった。
左側の壁面。青紫掛かった光が、半透明な花びら硝子窓から差し込む。赤い絨毯に掛かる光は不気味に歪む。そんなものが、等間隔に並んでいる。
肌寒い。
薄暗い。
窓から指すそれだけが、灯。
流石に今度は一本道、ではないだろう。
右には扉がある。札があるが、掠れて見えない。数字か? と思い、指でなぞるが、残念ながら、堀りは無い。残った黒い掠れだけでは、本来記載されていたであろう桁数すら判別できない。
彼女は見当たらない。気配も。魔力の残滓も。
すぅぅぅ、
「青藍んんんんんんん!」
叫びはかえってこない。返答も返ってこない。
「分断された、ということか……?」
すんすん。
自身の肘の内側の臭いをかいだ。
汗の臭いしかしない。泥ヘドロの臭いはどこへいったのやら。
自身の掌を見た。
くるりとひっくり返し、その甲で、
ゴォン!
自身の額をしばいた。
後ろを見た。
通ってきた筈の道は無く、先ほど見ていた方向と同じように、果て無く廊下が続いている。
はっとする。棒の回収を忘れていた、と。
が、
カランカラン!
それぞれ青と黄の棒が、懐から零れ落ちて転がった。
掌の上で弄ばれているような心地である。懐ではなく、腰に挟み入れた。落ちない、けれども必要なら抜けるように。
息を吐きながら肩から力を抜き、剣を喚んだ。地面に突き立て、円形状に、抉る。片足で、蹴り抜いた。
闇が――広がっている。いつまで待っても、衝突音は聞こえてこない。
覗き込もうと、膝をつこうとすると、穴は消えた。何事も無かったかのように元通り、足を乗せてみても、幻影ではない。実体がある。つまり、塞がっている。
立ち上がり、左壁面上から下までに及ぶ花びら窓に顔を近づける。
自分の姿が映るだけだった。
扉へ向かい、蹴る!
あっけない位軽々と、扉は吹き飛んでゆく。部屋の中、壁面にぶち当たり、砕けた。中は見えない。
抜いた。黄色い棒。もう片手には剣を持ったまま。
照らす。
何だか、埃臭く、湿気ている。そして、冷たい。外気による冷却ではなく、明らかに意図的に冷やされている。そんな風な不自然な寒さ。
踏み入れ、吐いた息は、白く見えた。
足裏が凍るような感覚は無い。
息を吸うも、ただ冷たいだけで、凍り付くような痛さは生じない。
ドアから続く通路。右と正面の分岐。右を照らす。扉がある。ただのトイレであった。その中は、部屋の外と同程度の気温という体感。臭いは無い。カビ臭さも無い。埃臭さも無い。
少し考え、扉を閉めた。もがなかった。
(逃げる先としては悪手ではあるが、一時凌ぎと考えるとアリといえばアリだ。何も、扉から出ようとせずともいい。壁をぶちぬいてやれば問題無いだろう。廊下側へ出る以外の選択肢もある。どうせ隣も、同じように部屋だろうし)
残された正面方向へ進むと、ベッドがある。
何ともふかふかそうなクイーンサイズのベッドだ。それだけしかない。
手入れされている。恐らく、ベッドメイクされてから、一度も使われていない。
部屋には、窓も飾り付けも無い。ベッドの向こう側には、砕けた扉の残骸が散らばっている。
ぞくっ……。
僅かな違和感。
肌に感じた、何か。
先ほどのフラッシュバックかと思いつつも、少年は、感じた瞬間に、後ろに素早くステップしながら、後ろに向けて、剣を縦に振る。
空を切る。
ぞわっと、噴き出してきた冷や汗。恐る恐る振り向いた。
何も無い。
ふぅ、とため息を吐きながら、その部屋を後にしようとすると――
ぞくり……。
びくっ、となった。背筋をなぞるような、小さな、ナニカ。冷たい。冷たい……。冷たい…………。質量がある。確かに、それは、触れている。離れ、ない……。
かっ、と目を見開いて、振り返って、
顔が……あった……。
彼女の……顔が……。
青緑っぽく、黄ばんで、ぼろっと、その微笑みを浮かべようとした頬が、垂れ、落ちた。
べとり。
ねっとりとした、糸を引いて……。
(……。死体何ぞ、見慣れている……。特徴を強調しただけの偽物だ。人間の身体というのは袋だ。本物の腐乱死体を見たとき、私はそう結論づけた。この程度の冷却では足りぬ。抑えきれぬ。生によって抑制されていた自壊。程遠い)
剣の腹で、薙ぎ上げるように、吹き飛ばした。ぶちゅっ、と壁に張り付くように潰れて、滴り、滑り、落ちた。
(頭は冷えた。肝試しのつもりだったのだろう。怒号や絶叫にも納得がいく。しかし下手。あまりに杜撰。……。まあ、そうか。人間の姿を保っていない腐乱死体何ぞ、そうそう見る機会も無いか。魔法使いなんて温存されがちな守られた存在ならば益々。一部の例外以外。多分、あの四人の大人たちも例外側だろう。人外にとってはどうだろうか? 考えようが、答えは出ないか)
「青藍っ! 青藍っ! いるかぁぁぁ? いたら、返事をしてくれぇぇぇ!」
気だるげでありながら、大きな声で、そう呼びかけながら、少年は虱潰しな探索を始めた。




