デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~キャッスルアドベンチャー・ライト・レイ~ Ⅵ
あっけなく喚べた剣。
ブゥオン!
ただ、振った。
ねとっ。
(……)
めりこんだ。巨大な烏賊のような、けれども、触腕の数は正規のそれの倍どころでは収まらないくらい多い。一本すら切り落とせていない。
業を以って、引き抜いた。
今度は、剣の腹を向けて、風を巻き起こすように剣を強く振った。
目を、凝らす。空気が流れ、弾くように進んでいく流れが見えた。まだ正体を現していない後続であろう、糸や玉を、押し返しているような質量を、剣越しに感じた。
(よしっ! 行ける!)
後ろ手に彼女を抱える。
びっくりして、手にしていた棒を落としそうになりつつも、落とさず、足をばたつかせ、自身にのびてくる不快な崩れそうな手が自身の足を掴もうとするのを蹴り弾き、それぞれの手の棒ではじく彼女。
(きりがない。逃げるが勝ちだ。多分、本来だったら、もっとここで感情的になって、暴走して、となるのを想定しているのだとすると、下と同じ部屋の構造というのは活きてくる。つまり、出口は同じだ)
剣をぶんぶん振り回しながら、跳ね上がる。
たった一回の跳躍で、片腕に抱えた彼女ごと、階段の最上段に到達する。
足先で、先が続いているのを確認しつつ、少年は顔をしかめた。
(四つん這いにでもならねば進めんぞ……。どう説明しろというのだ……)
彼女を降ろし、一際強く、階段下へ向かって、腹を向けた剣を強く横薙ぐ。
ドチュゥウゥウウンンン!
一際大質量が潰れながらぶっとび、ねとねとな臭い液体を撒き散らしてゆく。少年は顔を逸らして、目、鼻、口に掛からないように凌ぎ、もう一度強く、横薙ぐ。
今度は有象無象にしか当たらなかったようで、強い風圧が、階段下へ向かって飛んでゆく。
少年はすぐさま彼女の方を向いた。
やはり、戸惑っている。どうしたらいいか分からない風な。
魔力を阻害してくる。つまり、読心も作用しない。
少年は再度彼女を、腹下から抱え、置く。四つん這いに。見掛け上行き止まりに見える、壁方向に向けて。まだ少年の片手は彼女の腹の下に残っている。もう片手が、彼女の臀部に触れる。
びくんとした彼女に説明できないことを心苦しく思いつつも、分かってくれる、読めずとも伝わるだろうと信じて、その臀部を強く押しながら、腹の下から手を抜いた。
ぐいっ、ぐいっ、と押すが、彼女は踏ん張って進まない……。
少年は焦って、更に押す。
それでも踏ん張られるので、もう片手でも彼女の臀部を押した。今度は、ただ押すだけではなく、しっかり、握り押した。
がくん、と前のめりに崩れ、うつ伏せに倒れる彼女。
駄目押しするかのように、少年は彼女のスカートの中、大腿のそれぞれを内側から掴み、順路である奥へと押し込む。
これで否応なく分かる筈だ。進むしかない、と。これで駄目だと手が無い。どうか伝わってくれと祈りながら。
突如、ぞくっ、と少年の背筋に寒気が走った。自身の背を、触手の一筋が、服の下にいつの間にか、侵入しており、なぞったからだ。そしそれは、背から落ちて、服の内側、直接、臀部を、なぞり落ちて、抜け落ちていった。
少年の何かが切れた。
彼女の順路から背を向ける。
鎧を喚ぶ。
筋肉が躍動する。
大きく息を吸う。
「がぁあああああああああああああああああああああああ!」
獣のような雄たけびをあげた。剣を両手で持ち、消えた。
嵐のように、ぶちのめしてゆく。
弾け千切れる音が遅れて聞こえてきて、更に遅れて、液が飛び散りまわる。
出鱈目な魔力が放出され、浄化されるように、臭気から消えてゆく。次に残骸の液体が消えてゆく。更に、裂けたヘドロ袋が消えてゆく。白い光が、空間を塗り潰す――
「……」
我に返る少年。
「私は何を……?」
剣も鎧も消えている。身体が軋む。酷い脱力感。前後不覚。記憶薄弱。魔力欠乏の症状。
自分にとっての弱点故に、補うための手段として用意したそれを懐から出す。小指大の小さく細いガラスのクリスタル。中に揺蕩う、光。自身の魔力である。込めて閉じ込めたそれ。
師匠の女に協力して貰って試作した、外に蓄えた魔力。
使い方は簡単。割るだけ。飲む仕草すら必要ない。何せ、それは、切り離され、保存された、紐づきの残る自身の魔力。磁石のようなものだ。ひとりでに戻る。
無茶な方法である。
この手のものは、飲むのが順当。
しかし、そういう使い方は残念ながらできない。
一度試験済ではあるが、慣れるにはまだまだ遠そうである。むわっと、吹き上げてくる胃液を、何とか、喉で留めて、握り、押し戻した。
「ぐふぅ……。やって……しまった……」
蹲り、額に手を当てながら立ち上がりつつ、自分のやったことを思い出す。焼き付いたように憶えている。その触覚も鮮明に残っている。その手の動きを、憶えている。体が、熱を、持つ。鼻に位置する掌、手首近く。自身の汗と金属臭に混ざって、僅かに残る、仄かに甘い、自分でも剣でも無い匂い。けれども、その先には――至らない。
脂汗を流しながら、階段を昇る。
貼って、ぶり返す吐き気に耐えながら、四つん這いに、闇の中、先へ進んだ。




