デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~キャッスルアドベンチャー・ライト・レイ~ Ⅴ
「まさか、同じ流れをもう一回なぞることになるのだろうか……?」
「流石にそれは無いで…―」
「危ない!」
と、彼女を片手で突き飛ばすように制止した少年。彼女の方へ顔を向けた。
少年の鼻筋に、血色の線、滲み零れ出――さない。
尻餅をついて、少年を見上げる、彼女の一言。
「……。切れ――て、ない……?」
少年は、今自身が凝視してしまっている光景から焦点をずらし、手ではなく、棒の先端で、その痕跡に触れる。
ねとっ。
赤い、ねばっとした、何か。
「何、だと思う……? 無臭で、僅かに、冷たい……」
と、目線を更に落とし、視界の上の端が、彼女の靴と絨毯で視界が収まる範囲に外す。
「分かりやすく、臭かったり、煙上がったりしたら分かり易かったでしょうけど……。そうなってたらなってたで嫌」
と、彼女は立ち上がる。
むすっとしている。怒っているという程ではない。そんな彼女の表情に、少年は戸惑う。
「すまない……。急に突き飛ばして……」
彼女は頭空っぽとは程遠い。突き飛ばした理由も、わざわざ言葉にせずとも、読ませずとも、納得してくれる筈だ。
「そうじゃないわ。何で目を逸らしたの? しっかり見てた癖に。わたし、ライトになら…―」
と、スカートの裾を掴もうした彼女の手を掴み、引っ張り上げた。つねるように、引き寄せる。
「私は、時間をくれ、と言った。それに何より、見られていることを忘れるな」
「痛いわ……」
「痛くしている」
「今更じゃない」
「そこで止まるとは思えない。君の身体は反応しようが、私の身体は反応しない。未熟故に。言わせるなこんなことを。自分が情けなくなる……」
口にするどころか、心の深くに沈めていたこと。口にしてしまった。
「ごめん……なさい……」
「このなりで本当にガキだなんて悪い冗談だよな……。だが、もう少しだろうさ。気持ちに体が追いつくまで。そうなったらなったで、また怖いがな。しみったれるのはやめにしよう。棒振りしながら進んでいけば罠に掛かるのは棒だけで済む」
と、少年は彼女に空いた手を差し出して促す。
「そうね」
と、調子の戻った彼女が、その手を握る。
「いや……。何色でもいいから、棒を頼めるか?」
「あ……。そういうことね。はは……。あはは……。はいっ、これ」
と、彼女は自身が持っていた青い棒を少年に手渡すのだった。
バシバシバシバシ――
バシバシバシャバシャ――
二人はそれぞれ、棒二刀流で、ぶわんぶわん振り回していた。
事前に認知もできず、当たれば、それらは現れる。ただのねばっとした少量の液体、ではない。
棒が当たって反応するのは、何も、糸のような線と、その中身であるねばっとした色のついた無臭の何かだけではない。
彩どり鮮やかというか、彩り汚い、泥やヘドロや生ゴミ、つまり、下水道の臭いのする、ぷくんとした、人間大の玉や、半分溶けたような、ヒトガタであったり。
しかもそれらが、動き出して、気持ち悪く、悪臭撒き散らし、糸引きながら、むわんと、襲い掛かってくるのだ。
魔力は感じられず、だが確かに存在し、触れたくも無い存在たち。
少年は触れられる前に対処できているが、彼女はもう酷かった。
触れられまくっている。掴まれまくっている。不機嫌になった彼女から漏れ出す魔力が、遅れてそれらを消滅させてゆく。しかし、消滅させきる前に、それらは分離し、分裂し、数を増やしつつ、膨れ上がる。
少年は声をあげない。
彼女も声をあげない。
声が出ないのである。
それは、漂う悪臭を含む空気のせい。魔法ではないのだろう。魔法であれば、魔法使いである二人は抵抗できる。少年は未だしも、膨大で、強烈な魔力を持つ彼女なら、この手の影響は及ばない筈。
しかし、実際には及んでいる。
数が多すぎて、少年だけで処理するのは無理。何故か、自分たちの魔法は碌に形にならない始末。ある意味、初動でしくじったが故の苦難。
しかも、死ぬとか痛めつけられるとかといったのとは違う、嫌がらせの類にしか感じられない。まるでこれでは、苛立たせるための、アトラクション未満のドブ。
少年も彼女も、諦めて、目線を交わしたっきり、背を向け、互いの動きを阻害しない程度近づきやって、互いに背中を預け、凌いでいる。
集まってくるように、押し寄せてくるように、棒は新たに、別の起爆線を引いたかのように、新たなヘドロなヒトガタなナニカが現れる上、線は、ねばついた液体の噴射として飛んでくる。顔に掛かるが、目、鼻、口に掛からぬように避ける彼女。少年は避け切れていて、それには慣れてきていたが、彼女の方とは違って、明らかに少年の方に、迫りのびてくる触手は増えてきている。
彼女の方はヒトガタばかり。少年の方は、それ以外の、手数の多そうなものが混じり始めている。
(息は不思議とあがらない。聞こえてくる音からして、青藍もまだ平気そうだ。しかし、妙ではある。こいつらには重さがある。発生したガスも相当な量の筈。だが、空気が薄くなっている訳ではない。これはこれで不気味だが、それより、棒が……熱を持ち始めている……。軋んではいないが……。なら、熱は何処から? しばいた相手から、か……?)
少年は鎧を喚べない。自分だけ身を守る訳にはいかない。糞ったれではあるが、これは所詮御遊び。悪趣味な御遊び。だからこそ理解は得られず、彼女の機嫌がまた悪くなるという分かり切った結果しか見えない。
(……。剣だけ、ならいいのでは?)
固くなっていた頭から捻り出された気づき。
片手の棒を、もう片手に移す。そのデカい手は、二本持っても落とさない余裕がある。
(それに、本当に魔法で無い、かどうか、これで分かる。魔法であることを隠した魔法か、魔法ではない種も仕掛けもある何かか。そもそも、こんな使い勝手の悪い、武器未満な棒で戦うなんて何間抜けなことをやっているのだ私は。こいつは、魔法の影響を受けない! こいつだけは、確実に出せるし、阻害なんてされる筈が無い!)




