デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~キャッスルアドベンチャー・ライト・レイ~ Ⅲ
カッカッカッカッ――
コツン、コツン、コツン、コツン――
二つの足音。やけに響いている。長い一本柱に生える長方形の、鈍色の板。螺旋階段である。
足音が止んだ。
足音の主たちは、階段の終わりに辿り着いたから。
ブォッ! ブォッ! ブゥォッ! ブォッ! ブオッ――!
迸るように、次々に灯っていく、灰色煉瓦の壁に備え付けられた燭台。
直方体の部屋である。二人が通ってきた後ろを除くと、他の出入り口は、明かりの届かぬ先に、口を開けている正面の一本の道しかない。
一脚の、座面が横に広い、ふかふかで、緑の布張りで、金色の刺繍の椅子。床に敷かれた、赤い絨毯。
部屋のレイアウトは微妙にというか、結構調和していない。それはひとえに、この部屋をレイアウトした者のセンスの残念さを示している。
「ふぅ。よっこらせ」
渋い壮年の男のような声で、何故か気張るように座ったのは、二人のうちの一人。
それはすらっとした痩躯で人間の範疇に収まる少々の長身の、人外である。
座る際の掛け声や、服装や手足。それは人の係累のそれである。先がとんがって、若干巻いた赤黒い靴。白いタイツはその上を覆うものは存在していない。上半身は、茶や黒の肩のないジャケットかマントかどっちか分からなくなるような半端で丈の長さも色々なのを幾重にも羽織り、腕は縦線が折り重なったようなフェルト。手首は、輪のようなレースがうねっており、手そのものは黒い手袋で覆われている。首は、見えない。何せ、白い襟巻きのようはレースが花開いて覆っているのだから。
そこまでは変質者的、偏執的、ではあっても、人の域。その存在を人外たらしめているのは、そこから上。頭部である。
赤く色づいた、林檎。林檎、である。若干甘い匂いを漂わせる、人の頭程度の大きさの、熟した林檎、である。目や鼻や口や耳といった切れ込みや突起は無く、毛など毛ほども無い。てっぺんには、ヘタがついていて、大きさ以外、まさに、木から切り落とされた林檎そのものである。
「我が妻よ。お前も座るとよい」
その林檎から音は出ているのに、開く口など何処にも無い、念話でも無いという不可思議な光景。だが、相手も慣れている。
「ええ」
臆することもなく、高くもしっかとした、自然な返答。
空いている隣に、特に掛け声なんてなく、上品に座った。
男と同じくらいの背丈。白と黒のエプロンメイド姿、というにはカスタムされ過ぎている。ところどころに、銀色のジッパーやじゃらじゃらとした金属片がぶら下がっている。男よりも手足はしっかりしている。太さが違うのだから。丈が長く、ソックスに覆われた膝下しか見えずとも分かる程度には。それでも太ましいという域には程遠い。鍛えてはいるが、鍛え上げてはいない、といった具合。
火傷の跡やえぐれた跡など、欠損は無くとも、傷の多い手は薄い褐色。しかし、手袋などでは覆っていない。爪は青紫色に塗られている。
銀、というよりは、白い髪の毛。前髪ぱっつんで、それ以外の部分の長さも、首の真ん中辺りまで揃って均一でありながら、ばさっとしている、けれども痛んでいるのとは違う感じの、おかっぱとショートボブの合いの子のような髪型。
目尻の下がった糸目。くっきりとした鼻に、先の尖り気味の耳。そして、何より、青紫に塗られた唇。そんな彼女の顔は、手同様に傷だらけである。それでいて、髪の毛がその手の損傷からまるで免れているようなのは何とも不気味である。
「で、貴方。どう調理するつもり? やり過ぎたらここに来る前に脱落されてしまうわ」
すりすりと、隣の男の大腿をさすりながら。
「そうは言っても、ここまで来れた者がおらぬのだ。適宜調整するしかあるまい。ただし、初見殺しはもうするなよ。頼むから、なっ」
「ええ勿論。我慢いたしますわ、あなた」
と、くすくすと笑うその女は、明らかに腹に一物抱えているのであった。
ギィィ!
ストッ、ゴツン!
「……」
「……」
「……。何か言ってくれ、せめて……」
「……。大丈夫、ライト? 代わるわよ?」
「いや、いい。君には、他の色の棒を渡す助手の役割を任せているのだから。私にはできんからな、それは」
スッ、と彼女が照らす。数多の開いたドア。その先の黒。そして、その黒は、壁、であった。棒で照らしても、闇。触れても空振る。だというのに、おでこはぶつかる。頭の角度を変えたら変えたで、側頭部とか後頭部がぶつかるだけでもっと酷いのだから、おでこから男鑑定する他ない。その先は本当に部屋として空間が広がっている順路であるのかを。
「ライト。ごり押すのは一旦やめましょ……。コレと同じで、気付かないと進展しないパターンかもしれないわよ」
「それもそうだな……。何で七色用意さえているのかも棚に上げたままだものな」




