新たなる師、新たなる世界への旅路 Ⅶ
バチバチバチバチ。
「そらきた!」
二人の話が中断する条件の一つ。これももう何度もやっている遣り取りの一つ。
「敵影三つ。【たいや虫】ですね。私の魔法相性最悪そうなんで、今度は剣でいきますね」
待ち構え、腰を低くし、大の大人の腰くらいまでの大きさをした、円柱を細く、円の断面に切って、曲面で立てたような真っ黒なそいつらのはっきり姿が見えたところで、そのまま――
スッ。
横薙ぎ一閃。
「おおお、切れるのかよそいつら……。中身ぎっしりだろうに……」
まだぴくつく、しかし絶命した、大の大人の腰くらいまでの大きさである、丸く、それらを掴み、師匠が近くに展開した、渦のような果てない深さのような大穴へ放り込む。
底についた音がしないのだから慣れない。もうこの作業数十回やってるというのに。
「鎧以上にその剣、ヤバいな。あの雷を受ける中心になって、死ぬ死なないなんて話じゃあなくて、お前の言うように、傷一つ無かったってのも、間違いじゃねえわ多分」
「だからこその真に騎士たる証足りえるのかと」
「騎士になるの拒否したお前の手にまだそれがあることが、何より不思議だわ……」
「と、なると、師匠の説、当たってるから、では? 自惚れているようで何だか嫌ですが、元というか本質的に同じ分類だというのなら、そりゃ、手元から消えないでしょう。捕捉するなら、あくつかある条件のうちいくつかを満たせばよくて、それらを、ある過去の時点で、それらを二つのグループに分けて、それぞれに、騎士、魔法使い、と名前を付けたのでは?」
「さらに補足するなら、多分それは、誰かが付けたとかじゃあなくて、なんとなく、時が流れるうちに、自然とわかれたんだと思うぜ」
「んん……」
「どした?」
「師匠、そろそろ寝ましょう」
「頃合いちゃあ頃合いか。止め時逃がして朝までコースだと思っていたが。それに――未だ道のりは長いしな」
「確か、いつまでに着かないといけないとかの目途は無いのでしたよね。定期的な入学式なんて無くて、誰も彼もが転入生から始まる、でしたっけ。んんん……。それでもやはり気になります。もし仮に、道草食わずに進んだなら、あとどれくらい掛かります? もう七日経ちましたが、何処の街に寄らないものですから、流石に感覚が麻痺してきそうで。長旅になるなら、配分って、大事ではないですか」
「呑気そうに見えて、気にしてはいたのか。ま、何とも言えねぇな。そういう風になってんだよ。そういう魔法が薄く広く、展開されてるんだ。【始まりの園】。その近郊ほど色濃く、な。一種の儀式魔法みたいなもんだ。分かるのは、順路だけ。目的地を知る者には、常に順路が示される。向かおうと思い、順路を辿れば、やがて辿り着くが、真っすぐじゃあ、無ぇ。どれだけ同じとこをぐるぐるさせられるか分かったもんじゃねぇ。で、目的地に未だ一度も踏み入れていない者に対しては、道標がある。引率する俺じゃあ無い。お前に渡したアレこそが――」
そう言われて、少年は懐から取り出す。
符のような長方形の小さな白い紙片に、【相応しい】赤い文字。
「おう。そいつは、目的地に迫る程に、熱を帯び、綺麗に色付いていく。どう色付くかは毎度毎度、人毎に違うから分からねぇが、変化が起こり始めたらそろそろだと思っておけばいい。逆に、色褪せていったり、文字が崩れ落ちるように消え始めたなら――嘘やごまかしがバレたってことだ。示した魔法使いの卵たる資格。そういう細工をする輩が時折居るんだ。生まれながらの地位と名誉と金とは全く別の、ただ、魔法の才のみが問われる訳だからな。偶々、運よく、魔法以外の全てを持っているような輩にとって、憎々しいことこの上無いだろうよ。どれだけ欲しても得られない。その資格は、偽りの介在を赦さないのだから」
「……」
「お前はズルなんてしていない」
そう言われ、男に見せられた、脇腹の包帯。それが解かれ、その下の、丸々残ったままの灼けて向こう側まで貫いている風穴が。
(……! 有り得ない……)
「そうだ。有り得ない。俺が使う治癒魔法は、まともな治癒魔法だけじゃあない。記録しておいた自分のでも他人のでも、人手すらなくて物ですらなくても、対象の過去を、完全に再現する。お前の四肢に関しては、嘗て、あいつのとこを訪れてお前を見たとき憶えていたものを、お前の駄目になってしまった部分とゆっくり置換し、馴染ませるという手法を採った」
「一日しか掛かってないのにそれでも遅い、とみるものなのですか?」
「そりゃそうだろう。一瞬で治す手法があるんだから。で、俺のこの風穴は、ま、自分の体だ。こうなる前の肉体の状態なんて、全く何の欠けもなく憶えている。だから、一瞬で何も無かったように元通り。その筈だったが――参ったことに、塞がらねぇんだわ。即座の置換も、遅効性の置換も、生やす系統の治癒魔法も、経験ごと前に戻す系統の治癒魔法も、駄目。取り敢えず詰め物でもいいから見掛けだけでも繕おうと思ったんだが、穴の空間に触れた途端、一瞬で焼き切れて、消滅する。だが、こうやって手を突っ込んでも、何も起こらねぇ。痛みも無いぇ。だが、なくなっている、という感覚はある。血も流れていない。かさぶたなんて無く、断面は一様に緻密に灼け、血も肉も骨も臓物も零れる気配はない」
「……」
「魔法使いとして、よくないな、そういうところは。俺がお前に対して怒りを抱いているように見えるか? ましてやお前に恐怖したり、距離を置こうとしているか? そもそも、俺はわざわざ、お前一人だけを、こうやって連れ出している。欠損が致命的な一般人や騎士とは違って、魔法使いはまさに、死ななきゃ安い、かすり傷。それを地で行く。魔法使いと形の上では同格と言われる正騎士であろうが、促成栽培な一山幾らの劣化魔法使い共の一人一人と、実質は同格。ホンモノの魔法使いの卵と正騎士の上澄みの上澄みが漸く釣り合うかってくらいだ。トップとトップとなると、ま、どっちが上かなんて多分誰も分からないが」
「……。そちらこそ、そういう考え方は……あまりよいものではないかと……」
「あぁ。俺も嫌いだよ。だが、魔法使いは、モドキからホンモノまで大概、そう、なんだ。ま、モドキはホンモノを知らないし、それなりに接触機会を得ようと思ったら得られる並の正騎士のことすら碌に知らないが。知れば知るほど、馬鹿げてるって思えないもんなのかねぇ。ま、そういう傾向が実際としてあるってことを知っておけ。それに合わせて、振る舞うことを強要されることは、嫌なくらいに多い」
「そう……ですか……」
「所詮、魔法使いも騎士も、自分が特別だとか高位な存在だとかどこかしら思ってような同じ穴の貉ってぇことだ。俺が魔法使いと騎士が実は同じ起源を持つのではないかという考えを抱いたのは、実はそっからだったりする。糞みたいな事実だって、思わぬ形で役に立つことはあるってこった。嫌に思うのはいいが、耳を塞いだり、ただ拒絶したり、忘却するのはオススメしないぜ」
「……」
「気にすんなって。俺にはコレを何とかする手段は無いが、何とかできる伝手はある。お前と向かっている先に、な」




