デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス 顛末 膨れ上がった権利~ Ⅴ
【専属応対人契約】
【 ―― 『 』『 』】
【・本契約は、契約文言を、契約者全てと専属応対人が名前を刻むことで、内容を固定します。】
【・本契約は、専属応対人の名前の上に、契約者連名での一つの呼び名を刻むことで、締結とさせて頂きます。】
「ここからが本番といえます。互いに望む最低限をまず、記載することになります。わたくしが望むものは決まっておりますので先に記載させていただきます」
【・専属応対人に、契約者は、精気を支払います。但し、ここでの精気は物理的生成物を指しません。双方向の愛欲という精神的生成物の残滓を指します。これによる感情、欲への影響はありません。最低要求量も最低頻度も指定しません。発生した分全て、契約者が拒絶しない場合に限り、回収させて頂きます。】
「えっ……」
声を零したのは彼女。
そんな彼女に少年は言った。
「まだ条件も出揃っていないのに言うのも何だが、言っておく。締結するかどうかは君に委ねるつもりだ。記載内容からして、相手ありき。だが、私に決める資格は無い。いいや、私が決めるべきではない。頼めるか?」
「ライト。私そういうつもりじゃないの。わたしは大丈夫だから。真っすぐ見て。目の前の人を」
はっとした。口元が血色が悪くなって僅かに青ざめている。
「怖い、のだな……。敢えて、貴方ではなくて、夫の方に尋ねたい。彼女は、この契約が結べなかった場合、どう、なる……?」
「御客様。御止めになった方が宜しいかと」
「言ってくれ。それでこちらが不利になろうと構わん。私の彼女が気にした以上、聞かずにいたとて尾を引く」
「そういうことでしたら。答えさせていただきましょう。期限は未だ、貴方たちが老いて死してなお余りある位にはあります。分かっております。貴方方の関係性を踏まえて、なお、余りあります。正確には分かりませんが、確かです。ですが、機会は二度。二度のみ。それより多くも少なくもなく。運命付けられています。二度、気付けねば終わり。それこそ、伴侶を失った魔女の比ではない、とだけ。申し訳ありません。表現を持ち合わせておりません。これが、今伝えられる、全てであり、限界です。起こってみないと何とも。ただ、記録に残された過去のどれもが、それこそ、災厄と言って差し支えなかった。一つの世界が終わる、そんな最悪が齎されます。だから、このパークは作られた、ともいえます。横道に最後逸れましたが、以上がわたくしの回答です」
少年は後悔した。
可哀そうに破滅する個人、残りの片割れ、その周囲。その程度と思っていた。個人の感情。近い関係性にばら撒くよくある不幸。その程度のものでは全然無かった。
そのような存在、つまるところ、神の係累。
人質。その神の属する世界一つと、そこに住まう全て。
場合によっては、国を亡ぼす、最悪、世界を亡ぼすと呼ばれる魔女。魔女たる彼女に聞かせてはならない事だった。
「……」
「隣を見てください」
そこに彼女の姿は無い。
「っ!」
握っていた手の感覚は存在したまま。透明になった、ではない。確かに、居なく、なっている。指の幅を狭めようと、感覚は一切変わらないのだから。
「前を見てください。そして、その切っ先を引いてください。彼女様は妻の空間に招待されています。わたくしたちは、貴方様の思う通り、やろうと思えばどうとでもできる、そう見えて仕方ないのでしょう。ですが、層では無いのです。わたくし一人なら、やろうと思えばできます。貴方は現に、言われるまで気づかなかったでしょう? ですが、わたくしには妻がいる。妻が必要とするものの性質から、駄目、なのですよ。貴方様の懸念も警戒も尤もです。わたくしには裏表があります。作為も思惑もアリアリです。ですが、妻はその限りではありません。訪れる二度の機会。これが二度目かどうかも分からない。二度のうちの一度であるのは確信できました。これ以上の組なんて、多分無い。少なくともわたくしは、魔女と真に匹敵する伴侶という組み合わせを見たことは長い生において一度も無い。聞いたことすら」
少年は喚んでいた剣を消し、飛び乗っていた机から降り、席につき、机の上、片肘を乗せ、その手で頭を抑え、弱々しく、零した。
「大事……なんだ……。自分がこれほど入れ込んでいるとは思わなかった……。詰みがある場。詰みがある相手。だというのに、ここまで自分が支離滅裂に動いているということが、堪らなく、恐ろしい……」
嘗て、騎士としての仲間たちが女関係の揉め事や悩みで右往左往するさまを遠い他人事のように何処か鼻で笑っていた過去を思い返しながら。
そんな自分が、心底、愚かで、情けない、と。
「愚痴なら聞きますよ。妻はわたくしが合図を飛ばすまでは戻っては来ませんので。それとも、わたくしたちの馴れ初めでもお聞かせしましょうか? 種族としては離れていますが、何か参考になるかもしれませんよ? 何だ、そんなことか、と」
「いや、いい。零すなら、彼女に零したい。その全てを。きっと、他の誰が受け止めるにも、重すぎるだろうから」
(多分、始まりは、あのとき、彼女に曝け出した時なのだろう)
「では。呼び戻しますが、宜しいですか?」
「頼む」