デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス 顛末 膨れ上がった権利~ Ⅳ
【専属応対人について】
【・当パークとお客様との遣り取りの窓口の担当者を指します。】
【・専属応対人はお客様方一組につき一人に限られます。】
【・一度締結した専属応対人とした人員を挿げ替えることは叶いません。】
【・専属応対人契約は破棄が可能です。但し、再締結の際も、専属応対人は以前の者に固定となります。】
【・例外は専属応対人が消失した場合。お客様を希望する候補者を用意致しますので選出くださいませ。居らぬ場合はご容赦ください。】
【・お客様方が破局、死別、離別を迎えたとしても、契約は形骸化したものとして残ります。お客様方は権利を行使できません。こちらも何も徴収できません。お客様方と専属応対人との紐づきのみが残る、という形の形骸化です。】
「一先ず、ここまでで質問はありますでしょうか?」
白磁の係員は、読み上げながらの筆記の際の時間で落ち着きを取り戻したようで、少年たちへ尋ねる声はすっかり安定したものになっていた。
「この内容だと、契約は、実質個人単位のように読み取れる。正確には、一人と一人から成るつがい、もしくはそれより多くの構成人数の組。それらの構成人員たち各々と、担当者の多対一の同時契約。私たちが仮に破局し、新たな番を連れてきた場合、私たちそれぞれに、紐づきが残る訳だろう? 貴方の要求は高い。私たちが貴方にとっては質が高いとのことだが、別の組み合わせでそれを達成できるか怪しい。専属応対人を付けることによるメリットが手放すには惜しい物でない限り、そもそも再締結を望む必要も無い。困るのは貴方だけだ」
隣の彼女が、一瞬、少年の手を強く握ったが、少年は彼女を一顧だにしない。折角進み始めた話が止まってばかりではやってられないからだ。
そもそも、何故このパークに来た? その目的をほぼ果たせないまま、今日を終わらせるなんて本末転倒ではないか。このパークの異質さも見えてきた。長居していい場所か判断するには情報が足りないが、それでも、能天気ではいられない。
「実質個人契約だというのは言われてみればその通りですね。契約の根幹の一本ですので変えることは叶いませんし、あまり深く考えておりませんでした。このルールは、奪い合いを防ぐ為の安全弁として供えられたそうです。それと、その条件がわたくしに不利とは思っておりません。お二人は本当にお似合いだと思いますので」
少年はちらり、と彼女の方を見た。
別に顔は赤くはなっていないが、握った手は、熱を帯びてきている。
「そうか。ならいい。続きを頼む」
【窓口機能について】
【・お客様方はパークの入場料が無料かつ、専用の入口を提供されます。】
【・入場から退場までの間、専属担当者が、お客様に付き添います。物理的に存在し共に歩くことも、霊体として透明に傍に控えることも、呼び出しの直通経路だけ繋げておくなど、臨機応変な対応が可能です。専属担応対人の得意不得意もありますので、締結前に取れる柔軟性について相談をお勧めします。】
【・パーク側から依頼を持ち掛けることがあります。これは、パーク内に滞在しているか否かに依りません。】
【・依頼の管理、報酬交渉や受け取り等も、専属応対人を介して行われます。】
「少し具体的な話をさせていただきました。これは主に、お客様方へのメリットの提示です。窓口機能は、パーク外のお客様と、関係を維持し続けたいが為に用意されたものです。お客様方にとっては面倒でしかない、となっては関係悪化するだけですので、メリットを用意させて頂いているということでございます。依頼内容にも依りますが」
「モノやお金か問わず、報酬を預けたままにしたり、報酬として、何かそちらに預けたり、言伝を頼んだりといったことはできたり、します?」
尋ねたのは彼女。
少年は首を傾げた。
「可能ですよ青藍様。言伝も、世界を越えて、可能で御座います。時間軸は前にも後ろにも越えることはできませんが。空間転移でしたら一家言ありまして。何せ夫が…―」
横から聳え伸びてきた枝が、その口を物理的に塞いだ。すると、
「あらあら、いけない。気を付けますから。ねっ」
覆った、口があった部分とは別。覆った部分の上側に、新たに口が開き、そう、愉快に言った。
「……」
夫である係員の、表情なんてないその仮面が、気のせいか、一瞬、しなっと項垂れたように見えた。少年は、興味本位でつついてみた。
「ヒト以外にも天然という概念があるのだろうなぁ……。因みに、どうなのだ? 本当に聞かれたくないのか、覚悟を決める時間が必要なのか」
それは悪趣味だ、と彼女に、預けた手の皮をつねられながらも。
「……。そういうことを晒すのは好みではありませんので。ほら。『羞恥』にも種類というものがありますので。しかし、言わないことが契約のノイズになるというのも嫌ですね。だから、これだけ。あの尿瓶。誰のでしょうね」
「……」
少年は察して、沈黙した。
彼女も黙っているが、それがどうしたの、と不思議そうである。少年は幸いにも、そんな彼女の顔を見ることなく、気まずそうに俯いている。
「何か言ってくださいよ……」
「すまない……」
少年はそう情けなく返すのだった。