デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス 顛末 膨れ上がった権利~ Ⅱ
「専属? 何の、だ? それに、他の候補もいる、ということか?」
「今のところは居りません。ですがきっと、貴方方が帰る頃まで決まっていなかったとするなら、名乗り出る者は、数十、いいえ、数百にも及ぶかもしれません。何せ、わたくしたちの大部分にとって、専属というのはそれだけ価値あるものなのです。生に直結するので」
「成程。確かにそれなら福利厚生になる。血走ったり、絡め手を使ったりしようとせず、説明してくれる貴方には結構な余裕があるということなのだろう。担当できるのは一組だけだろうか? それとも縛りは無いのだろうか?」
「一組に限定されます。わたしくがここでがっつく必要が無いのは、わたくしたちへの給与に付与されるチップに依るところです」
「お金、じゃあない、ってことでしょうか? 貰うのは、魔力か生気、それとも……。いいえ、何でもないです」
と、彼女が顔を赤らめる。
「私が言おうか? 精…―」
「いいって!」
「すまない……」
「ライト様。恐らく、青藍様の方が、その辺りの機微に聡いようですね」
「御見苦しいところを……」
「ごめんなさい……。わたしが要らないこと言わなければ……」
「話を戻させて頂きますね。わたくしが他の者より先んじられたのは、貴方様方のことを先んじて注目できたからに尽きます」
と、机の上から、手を掲げる。
指のない、棒そのものな、手。その頂に、出現し、浮かび上がった、黄金色の草の、小さな、輪。明らかだった。その大きさからして、指輪。
「成程。成……程……?」
「そういうことでしたか。でも……、う~ん……」
二人は共に、一瞬納得し、すぐさま悩み始める。夫か妻か。分からないが、相手がいる、ということ。そして、その相手と自分たちは接触した、ということ。
彼らの見極めというのが、時間をどれくらい要するのが普通なのかも分からない。彼らにとっても常識と、こちらの常識とのずれも分からない。しかし、指輪なんてものを見せてきたということは、そう大きくはズレていない?
「夫から勧められました。夫は鏡の迷宮を統括しております。ほら、のっぽな木の幹に人の仮面の出で立ちの」
「あの人か。意外だな」
「そう?」
「自分が扱いきれない相手をよりによって自身の妻に勧めるなんて結構な矛盾だと思うのだが」
「人によって得意・不得意って違うじゃない。夫が妻より必ずしも劣っているとは限らないわ」
「それは私も分かっている。この場合私が言いたいのは、手に負えなさ、面倒臭さだ。あの人の私たちへの対応からして、私たちはここに訪れる客たちの中でも厄介な部類に入っていると確実に言えるぞ?」
「なら、わたしたちが闘った相手は?」
「それが分からんのだ。それこそ、彼らが望んだから、相手を用意した、としか」
「闘いたいだけなら、ここ意外でも別によかったんじゃない? だって、緩いし、ここ」
「それはそうだがなぁ。治療体制等のバックアップが整っている上に、観客まで用意されている、つまり、安全が担保された、けれども全力が出せる決闘、というありそうでなかなかないシチュエーションこそが望みだった、とか?」
「聞かない? この人に」
と、二人は、再び正面に座る相手へと向き合う。
そして、彼女が尋ねた。
「それと、これ、何って読めばいいです? 何か書いてあるのは分かるんですが、読めなくて……」
(どうやら彼女も同じく、この存在の名前の記載は読めていなかったらしい)
「これは……困りました……。読めないということは、発音不可ということです。このパークではそういう風になっているのです。こういうことは稀です。現に、こういった場合の対応策は記載されていません。少々お待ちを」
と、白磁の係員は、そのまま、天を仰ぐように顔を真上に向けて、何やら、口を動かしている。
ぱくぱくぱく、と動く口。何も聞こえてこない、が、その行動には何だかの意味があるのだろうか?
「お待たせ致しました」
と、しばらくすると、顔をこちらへ向けてそう言った。
「何をしていたんです?」
「夫と交信しておりました。するとですね、『なら、便宜上の呼び名を用意してしまえばいいのではないですか』と。ですので、貴方方で決めてください。もしも、わたくしの申し出を受けて下さるなら呼び名が使えないのは差支えるでしょうし。現に今も、やりにくさを感じられていますね。申し訳ないです……。実はこんな風に名乗りを挙げることすら初めてでして……」
「そんなことないですよ、こちらこそ、面倒掛けさせてしまって……」
「話を脇道に逸らし過ぎて、面倒臭くしてしまって申し訳ない……」
「ふふ、わたくしたち、結構似た気質をしているみたいですね。その名刺に書き込んでくれれば、専属契約成立、ということにしませんか? 勿論、契約内容については今から、貴方様方が満足いくまで説明させていただきます」
少年も彼女も、それの意味に気付いた。それは、彼女は自分たちに、契約の主導権を表面上明け渡した、ということだと。
力が入っている。手が込んでいる。時間も注いでいる。相手は一見柔和な態度ではあるが、全てを明らかにした訳ではない。
「……」
「ライト?」
「場合によっては、君に託された権利を行使するかもしれない。構わないか?」
「えっ? ……。ライトがそう言うなら、任せるけど……」
「不味いと思ったら止めてくれて構わない。寧ろきちんと止めてくれ」
「わかったわ」
「待たせて済まない。では、聞かせて貰おう。私はまどろっこしいのは苦手でな。前提を確認したい」
「構いませんが、何から話しましょうか。やはり、専属応対人契約を結ぶにあたっての諸経費について、でしょうか」
「いいや、もっと深いところから始めたい。貴方が私たちに最初に提案を行った訳だが、交渉権。優先順筆頭。どれだけ、何を積んだのか。金では無いだろう。私たちにとってはある程度の価値を持つそれらは、貴方方の世界では、恐らく、価値は低い。交渉のテーブルに載せるには重みが足りない。貴方は仄めかしていた。生気や精気や血や魔力。恐らくその辺り。どれか一つではない。現に、貴方と貴方の夫は、種族そのものからして異なっている。この場は奇妙だ。通常の契約の手順を踏んでいない。順序がおかしい。契約書の文言。条件。その提示と擦り合わせ。最終的に双方が無理強いかどうかを問わず納得の上で、締結、または、締結に至らずの破綻、場合によっては再度の擦り合わせ」
「……」
「貴方は恐れている。絶対に失敗できない、と。私たちとは種族が異なるのだ。私たちにとって、貴方たちという存在は初見。感情や思考を、そう容易く読み取れはしない。それに反して、貴方方は、私たち、人側との契約に対する経験がある。貴方自身は本当に初めてだったとしても、他から経験の共有や指南を受けてはいるだろう。恐らく、本来、契約は、私たち人側の汎用的な手順に則っている。それ自体が隠れ蓑になる。色々な意味で。主導権の綱引が肝。貴方はあまりに拙な過ぎる」
「……。初めてと申告したではありませんか」
「急、だったのだろう。あまりに急で、準備も練習もする時間は碌に無かった。私たちを相手とした、この契約。降って沸いたような価値ある機会なのだろう? まどろっこしいのは嫌いだと言ったが、必要ならば厭わない。さて。貴方に問いたい。何故、私たちとの契約に、どれほどの価値がついている? 私たち人側に分かる形で例えることはできるだろうか? わざわざ口にしたのだ。足元を見るなんてことははなからするつもりは無い。天秤と、皿に載せる候補の全て。全てが明らにせよとは言わん。だが、隠してよいものと悪いものがあるくらいは、分かって欲しい。人間とは見ての通り、容易く感情に引っ張られる。それは容易く理屈を破壊し、損得を台無しにする。どう、する?」
長い語りを終えた少年の目つきは鋭かった。敵対の際のそれとは明らかに違うのに、含みを持たせた最後の一言にも表れている通り、重い。




