デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス 顛末 膨れ上がった権利~ Ⅰ
「では改めて。ライト様。青藍様」
少年も彼女も、もうベッドの上、ベッドサイド、ではない。
ちゃんと机を用意され、白磁の係員と二人は席について、向かい合っている。
(確かに、説明役なら知っているか。私たちの名前くらい。よくよく考えてみると、トイレの下りの返しからして、それは仄めかされていた。なら、ここまで付き合ってくれたのは、ある種のおもてなし、なのだろう。流石はプロといえる。そんなプロを困られてしまうような出来事だったとも言える訳だ。トイレのあの一件は……)
「あの方々は、賞品の授与を辞退しました。正確には、賞品を、権利を、貴方方へお譲りになられました。眠っているライト様の代理で、青藍様がそれを受理致しました」
「?」
彼女に向かって首を傾げると、彼女は穏やかに笑い、前を向くよう促してくる。
(聞いてからのお楽しみとでも? だが、既に種は明かされているように見受けられるが? まあ、確かに言い回しに含みがあるが、恐らくそれは、些細なものの範疇に収まりそうなのだが)
「そして、青藍様は、ご自身の権利を含めて、全て、ライト様に譲渡したい、とのことです」
(意図は分かったが、それに何の意味がある……?)
「あの人たちに聞いたの。ここでの商品は、大きく分けて形あるものと形ないもの、つまるところ、装備や道具といった物品と、契約や権利や特殊な技能や能力や魔力といったカタチ無いものに分かれるの」
「それは先ほどの報酬の一覧から察しがつく。故に、集約することで生じる価値も想像がつく。だからこそ、思う。何故、譲ってくれるのだ?」
「わたしの欲しいものは、今、わたしの手の中にある。わたしにとって、願いは赤の他人に叶えて貰うものじゃあないし、もう半分叶ってるから」
(自惚れて、構わない、のだろうか?)
変わらず穏やかな表情の彼女。
決闘の終わる前までと後とで、明らかに異なる表情。彼女の機嫌はもうすっかり回復した、と見ていいのだと思う。
これまでとは違って、自分も、女心というものが分かるようになってき始めた、ということなのかもしれない、と。
「そうか。なら、有難く受け取らせて貰おう」
既に差し出されていた、契約の文言が並んだ紙片。彼女の血による指紋の印が既に捺されていた。
(文言に罠も誤りも無い)
親指の爪で、人差し指の腹を斬る。滲んだ血で、印を捺した。
「それで、六人分の賞品として、どの程度のものが望めるのか例示して頂けるだろうか? 一人分のそれとは大きく異なる筈。それに、私たちの分は色がついていたとなるとなおのこと」
「しっかり読んでおられたのですね。止める間もない即断、捺印でしたので……」
「この手の事務処理は慣れているので。おまけに、大概相手は騙し前提な者ばかり。貴方は誠実なようで、安心できる。こういったところも、このパークの人気の理由の一端なのだろう」
魔法使いに支持される、その意味は重い。
彼らの多くは疑り深く、狡猾であり、それは元からの資質だけではなく、これまで辿ってきた境遇もある。基本的に、不幸な半生になりがちなのが、魔法使いという存在であり、力である。人格より、力を見られる。その力こそを価値と、多くは人間扱いされない。たとえ、家系として地位を確立していたとしても、その利用価値故に、外からの食指に晒され続ける。
故に、彼らは信じない。疑念から始まる。
そんな彼らに支持される場所。そんな彼らばかりを集め続け、破綻せず続いている場所。そんなものが成立していること自体が、この場の信頼の証明の最たるもの。
「でしたら、今後とも御贔屓に」
そう、丁寧に頭を下げられる。
ちゃんと、人としての、客としての扱いを受けていると、分かる。きっと、この係員たちは、このパークを訪れている誰に対しても同じなのだろう。
演じているでもなく、自然と。言うなれば、沁みついている。
(成程。嵌る訳だ。異なる発想と異なる魔法、異なる世界ありきな特殊な経験を与えてくれる場としてではなく、得られぬ筈の素晴らしき普通を提供してくれる場であるというのが本質、か?)
「彼女が望めば、また来させて貰うよ」
「良くしてくれてありがとうございます」
「いえいえ。もてなしこそわたくし共の喜びですので」
と、追加で一枚の紙片を渡される。
それを手にし、目を通し、どうして、ここにきてこのような丁寧な応対となったのかを少年たちは理解した。
【『専属応対人 ―――― 』】
「『専属応対人』? ということは、これから私たちとこことの対応の窓口は貴方に固定される、ということだろうか?」
字面から凡そは分かる。しかし、仔細は不明なままなのだから、尋ねざるをえない、と口にしたのは半分。もう半分は黙した。
(専属応対人の後に記されているのは、恐らく、この係員の名だ。だが……読めない……。視認できない、とでもいうべきか。ただの横一本線にしか、見えない……)
それ自体が何だかの仕組みの可能性があるから。
「パンフレットには載ってませんでしたけど、これ、どういうものなんです?」
(む……? 青藍には読めている、のか?)
「ライト様。その認識で間違いありません。付け加えるなら、わたくしが、貴方様方の『専属応対人』の候補として名乗りを挙げた、ということです。青藍様。この制度は公にはされていません。わたくしたちが、通っていただきたい方々に対して、お願いする為の、わたくしたち、パーク側の従業員への福利厚生の一貫であるからです」
「面白いな。ここにきて、客が為ではない、というのが。勿論こちらにも得るものは用意されているのだろうが。きっと、公にされていない理由の一つでもあるのだろう」
「ライト……、わたし、ちょっと話についてけないかも……」
「読んでもしっくりこないか?」
すると、彼女は申し訳なさそうに、こくり、と首を小さく縦に振った。
「そうか。元から素養があったり教養が無い分野に関しては、読めても、確かに、異国の言語で書かれているようなものだ。……。いや、だが……。っ! 何故今まで気づかなかった……!」
「ライト、急に何? びっくりするじゃない」
「あぁ……すまない。何処から何処までが魔法の範疇、影響下、なのか、という話だ。気づいて、直視してしまうと、少しばかり怖くなったのだ。私の中でも未だこんがらがっている。夜にでもゆっくり話そう」
「ライト様が主導するのかと思いましたが、お二人でという形を採るのですね。是非ともわたくしを専属にさせていただきたいです」




