デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス エキシビジョン 公開痴話~ Ⅱ
少年は空を蹴りながら、剣を振りかざし、師匠に言われた話を思い出していた。
『魔王は成ったら、その時点で魔王。魔女は成ったとて、タガが外れるまでは厳密には魔女じゃねぇ。厳密にはその時点では魔女候補に過ぎねぇ。違いはその人格がどこに宿るかだと言われている』
『野郎の場合は同一人物。女の場合は、元と、魔力に宿る人格と、別人てぇ訳らしい。要するに成り立ちが違う。似たような名前でありながら、本質的に別物ってぇ訳だ。だから、厳密に言うと、先日のお前の半落ちは魔王への覚醒のそれとは違うんだろうな』
『野郎の場合、本来、変化は不可逆。戻るなんてことはあり得ない。だからよくわかんねぇ。今後起こらないとも保証できんし、今度は戻れないかもしれねぇ。だから、実験する訳にもいかねぇだろ? そもそも、お前のような特殊塗れの奴は実験事には不向きだ』
『何せ光の魔力なんて持ってるんだ。特殊も特殊。そもそも、実質騎士でありながら、魔法使いでもあるなんて、御伽噺の領域だ。ん? 外とは違って、別にそれ位の特異、ここじゃあ珍しくも何とも無ぇだろ? ここににゃぁ、時空魔法なんて扱う化けもんまで実在してんだからよ』
少年の剣が、彼女の肩に掛かる。それ以上進まない。噴き出した闇のマフラーが遮っている。
「ボクに剣を振るうんだね、ライト。いけないなぁ。ライトはそんなことしない。そんなのライトじゃない。偽物かなぁ? ねぇ。ねぇ!」
指向性のある圧に吹き飛ばされる。
威圧なんてものに質量なんて存在しない。その筈なのに。
「何が何でも止める。斬って捨ててでも」
手の形の影を、弾き、いなした。剣に掠ったし、光と雷の魔力も流したというのに、それは消滅しない。
「虎の子のエリクサーもちゃんと持ってきている」
と、懐から、瓶に入ったそれを掲げ、見せる。
打ちあがるように手元に飛んできた闇を、瓶を握って、籠手で弾く。弾いたそれは、菊花のように咲き、その花弁を、刃のように飛ばす。
それを剣で弾きながら、
「先日の私の暴走のこともあって、師匠に押し付けられてな。こんなもの持っていたくなかったし、こんなこと早々起こらないと思っていたが、確かに。『これが無ければお前は嬢ちゃんに剣は振るえない』、か。その手の訓練は確かに修めたというのに。情けないよ、全く」
少年は言葉を紡ぐ。
少年はもう、既に本気であり、故に冷静であった。
懐に瓶を仕舞い、指先から無詠唱で放つ。
【ライトニードル】
一発ではなく、一発に見せかけた数発。一発目の軌道に重ねて放つ二発目、三発目。別の照準で飛ばされる四発目、その起動に重ねて放つ五発目。
彼女は影で飲み込むでなく、転移により少年の後ろに回り込むように回避し、後ろ手に、少年の剣を掴む。自身の掌を闇で覆って。飲み込むように消える。少年の握りの強さなんて関係なく。
「っ!」
想像だにしていなかった。
取られる類のものでは無いのだから。本来、殺して奪うか、継承という名の譲渡。それ位しか例は無い。持ち主が死して所有権が消えるか、持ち主が意思を持って装備の同意も得ての継承か。
その二通りしか存在しない。
故に特別。故に魔法使いの相対者たる騎士の右腕たる魔法の装備。
「このコもキミにはうんざりしているってことだよ、ね!」
黒く染まって、闇を纏う、少年から簒奪した剣の一撃。
素人剣術未満のそれは取るに足らないが、それに纏わりついた、意思を持って自走するかの如く闇の塊は別。
影が泥色の雨粒のように飛び散り、棘に成ったり、集まって牙になったり、彼女が剣を振るう旅に、増殖し、高密度に全方位に遠巻きに覆うように、敷かれてゆく。
彼女の身体は透過するのに、少年には突き刺さる。
「……」
「何か言いいなよ!」
影の牙が集まって、顎になって、滴る闇の泥の唾で糸を引きながら、少年を呑み込む。
【虚ろなる冥顎】
(全く。躊躇無いな。それなのに殺気は無い。……)
思い出したのは、嘗て、騎士としての修行をしていた頃。仲間として受け入れられるきっかけとなった、仲間の一人を必死に振るった剣でみっともなくも救った日。頭を下げられ、こちらから仲間の誓いを申し出て、交わして貰えた。そうして――向けられる言葉遣いから始まり、扱いも態度もその日を境に変わった。変わったのは自分も、だった。
(そうか……。信じてくれている、のだな。ならば――言わねば)
「私の為に狂わないでくれ! その指輪に誓う! 居なくなんてならない! ぐっ……」
「馬鹿っ! な、何で凌がないのよぉおおおおおおおおおおおおお! っ! あぁあああああああああああああああああああああああ――」
掻き消えた顎。胴から噴き出す血。現れた体。全身鎧は消えている。この一撃で消えたというよりもこれは――その前に既に。無防備に受けた、ということである。
指輪を手にしていた指輪から手を放し、
ガシッ。
抱き着いた青藍。影は散り、少年の胸に顔を埋ずめ、泣き続ける。
強く、抱き寄せる。自身の指先に薄く細く、長く、垂らす糸のように纏っていた雷の魔力。落下を始めていた指輪を引き寄せ終え、ゆっくりと彼女の指に嵌めた。
残った雷の魔力は、そのまま落とす。伝言を込めて。
「誓う……。受け入れて……くれる……か……?」
口から血を流しながら、駄目押し。
「うん……。ごめんね……」
「私……こそ……な……」
二人の頭が下になり、抱き合ったまま、落下が――始まる。




