新たなる師、新たなる世界への旅路 Ⅵ
草原に降り立った二人。
彼らが何をしていたかというと――話をしていた。ひたすら。
バチバチバチバチ。
周りは暗くなっている。焚火と、その場に座り込んだ二人。
荷馬車を引く馬は、土の杭に繋がれて、もう随分経った。横に立ってすっかりと休む態勢になって、眠りにおちている。
「――で、だ。俺の中の仮説なんだが、実は騎士も魔法使いも、同じものだったんじゃあないか? ってえのがある」
話の種は尽きず、議論というか考察というか。そんな話を気の向くままに、延々と。
「言われてみれば――類似点、結構ありますよね。騎士と言っても、正騎士以上に限られますが。具体的には――ほら。どうぞ」
少年が、そう剣を喚び、男へ差し出す。
「それ。触らせていいもんなのか……? あいつですら、暗黙の了解があるって触らせてくれなかった代物だぞ? 騎士同士だって触らせないものだって聞いていたが」
「私の場合、まだ執着が沸くには手にして日が浅過ぎますし、自分だけの特別な剣や鎧が欲しかったから正騎士なろうとした、訳ではないですから。手段であって。道具であって。私の夢は、宝物でもなくて、称号ではなくて、在り様ですから
」
バチバチバチバチ。
「っと。そろそろ継ぎ足すか。『思い出せ、火のついた、その時を』」
焚火は寿命を取り戻す。
これもももう、何度も続いている遣り取りの一つ。
そして、再び話は再開する。
「それに誰にも触らせないってのは、元・師匠とその周りの騎士の考えであって、これは割と、人に依る、そうです。恐らく師匠は知らないでしょう。これも暗黙の了解なのですが、騎士装備って、継承してゆくものなのですよ。正騎士の装備も例外ではなくて、多少の不適合くらいなら、時間が解決してくれるので、老境に至った正騎士が内弟子にゆっくり馴染ませながら継承させてゆく、というのはあるあるだったりします。正騎士になれる可能先が尽きたと見做されたら、取り上げられる仕組みになっているから、騎士以外だとその近縁者すら知らないというのはザラだそうです。身内を自身の不手際で切り捨てるなんて顛末、誰も望まないものですし……」
「……。何だかなぁ……」
「装備の取り上げは、人がやるんじゃなくて、武器と武具自体が各々にやるそうです。これが悪く働いて、とくに不手際や落ち度もないのに、武器にも武具にも、乗り換えられてしまった人も過去にはいたそうですよ。その人はなんと、生涯に三度もやられた、とか。騎士としての二つ名も、それによって、笑いを誘う不名誉なものに変わってしまったとか、作り話のような実話だそうです」
「うわぁ……」
少年は、鎧を喚んだ。鎧は自動的に、少年を覆っていくように部分部分現れていった。
「この武器と武具。これらは、装備の形をした魔法使い、なのではないでしょうか。人ではない魔法使い。もっと広い範囲で見れば、魔獣などという実例もある、と考えたら、割とありそうだと思いませんか?」
「……。もしかして、もしかしなくとも、まさか、お前、脳筋で、無い?」
「元・師匠にも言われましたよそれ。好きですし憧れますが、どうやら私は脳筋では無いそうで……。私の騎士叙勲が通った理由の中でもかなり大きなものの一つだったそうです。団を率いる資質だから、だとか」
「成程な。お前の生まれからして、そっちの方がしっくりくるといえばそうなんだが」
「で、どうです? この仮説、腑に落ちます?」
「う~~ん~~……」
「何か答えはありそうですね。ということは、ものすごく言い表しにくいとか、ですか?」
「ああ」
男は顎で、立ち上がることを少年に要求した。
「例えばそれだ。その鎧、リングアーマーや板貼りの類でも無い、どっからどう見ても全身鎧だが、蛇腹構造でもなく、継ぎ目もない。一言でいうなら、関節が無いんだ。まるで、鎧というより、鎧の彫刻。どう着るってんだって、出し入れの瞬間でも見ねぇと、納得できないわな。これはもう見ても魔法の品だ。魔具といって差し支えない。だが、勝手に治り元の形に戻る、だなんて、聞いたことがない。お前の鎧、雷で砕けてたじゃねぇか。どうみたって、全体にダメージが入っていた。魔具だと考えたら、機構ごと壊れてて、もう二度と再生しねぇ筈なんだよ。じゃあ、先ほどお前が仕留めた【鉄馬】の同類だって考えたら、まあ、納得できは……しねぇのよなぁ……。そいつらが生きてるって仮定して、それ、どうなったら死ぬんだ?」
「あっ……」
「話が通じ過ぎて怖いぜ。まあつまるところ、生きてるように見える何か。言葉を発さず、意思表現をせず、死なないらしい、何か。道具の範疇か生物の範疇かも定かではない」
「意思はあるでしょう。相応しきを判断するのですから」
「それはナマモノな意思、か? それとも、予め決められていて、誰かが書き換えない限り不便な道具としての一機能か。どう、判断する?」
「それ言っちゃあ、おしまいでしょう。私たちが人間か、そう言う形をした道具か、という水掛け論と同じとこに着地しますよその話」
バチバチバチバチ。
また座り込んで、話を再開する二人。
「お前、もしかしてーーこういう遣り取り、好きだったりする?」
「ええ。たぶん好きですね。これまで相手がいなかったので気づきようがありませんでしたが」
「お前魔法使いの才能あるわ。本物の魔法使いの才能。魔法は道具ではない。技術ではない。思想でもない。試行錯誤である。そこに至れるものは、限りなく少ない。こればかりは、鍛えようがない。とどのつまり、一種の好き嫌いだからだ」
「? それなら、鍛えられるのでは? 興味から始まる、似たようなもの、あるじゃないですか。 ほら。好き嫌い。人の好き嫌い。人間関係、ですよ」
「はは、こりゃ、一本とられたぜ。言われて見ればそりゃそうだ」




