デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス~ Ⅺ
ヒュゥゥゥゥゥゥゥ――、ガシッ!
「ふぅ……」
ゲリィが、剣も鎧も消えて落下してきた少年の腰を、背側から片手で難なく掴み、宙釣りにし、ぐるん、ぐるん。その何か、満足感と焦りの混ざる微妙な表情のまま気絶している表情を呆れ眺める。
ゲリィの背後というか、ゲリィの向こう側は全て、吹き飛んでいる。少年がやった、闘技場の半壊。その結果がそこにはある。
黄昏色の光の下、黄昏色の雲が、よく見える。
他の三人はというと――倒した敵四人を下敷きにし、その上に座り込んでいた。転がる四つの仮面。額の宝石はどれも砕け散って跡形もない。
中身無き筈。
少年のその目論見は外れていたのである。
だが、彼ら四人は気付いていた。気づいていて、言わなかった。
尤も、その理由は実際のところ杞憂で終わったため、もう、口を紡ぐ必要は無い。
「にいちゃん、起きなぁ」
パシパシ。
少年の頬をはたいてみるゲリィ。
「……」
少年は気を失っている。
「寝かしといてあげなよ~」
シンシャがそう、窘めようとするが、
「なら、言え。本気なら。いつものように」
ゲリィのその声は少し冷たかった。
「……」
シンシャは俯いた。へこんでいるとかではない。まだ決めかねている。どうすべきか。
「情けないと喝を入れるには幼な過ぎる、って俺も飲み込みたいところだが、このにいちゃんは既に責を負っている。まだガキだから、じゃあ済まされないだろう」
空気が重くなる。
彼らの顔つきが鋭くなる。憂いが漂う。これまでのような気楽な雰囲気なんて微塵も無い。
「魔女」
ガリアスがそう、ぼそりと。
「それも覚醒済み。あの齢で」
シューイットがそう、ぼそりと。
「飼い主にも、楔としても半端となると…―」
シンシャがそう、ぼそり…―
「止めだ! ここは本国では無い。ましてや俺らはバカンス中。言い出しっぺの俺が止めるのも何だかという気もするが、俺の想定から話がずれていっている」
ぱしんっ、と手を叩き、
『血の海の変えるつもりか? ここを』
口の動きとは全く違う、声にならない声を、三人に向けて届かせた。
「……ん……」
「ほら。そろそろお目覚めのようだぞ? 俺の想定よりも遥かに早い」
ゲリィは、少年をふわっと地面に放り投げる。
バサッ、ドサッ!
「うぇぇ、気持ち悪ぃ。カラダ、柔らか過ぎんだろ……」
受け身もとっていない筋肉質な少年の身体は、赤子のそれのように、脱力しきっていて、随分ふわっと、床に跳ねて、横たわった。
「……、っ!」
カッ、と目を見開き、意識を取り戻した少年は、即座に起き上がり、顔から汗を吹き出しながら、周囲を血走った目で見渡す。
「おいおい。何取り乱してる? にいちゃん。上だよ上。見えるかい?」
と、ゲリィは腕組みして少年の前に立ち、天を指差した。
蹴り出そうとする。足に力を籠め、跳び上…―
ガシッ。
「まあ落ち着け」
片手で少年の肩を抑えただけ。
たったそれだけ。魔力も籠っていない。それなのに――
(跳び……上がれない……)
「あのお嬢ちゃん強ぇだろ? 心配なんてする必要無い程に。それににいちゃんが落ちてきてからしばらく経つが、お嬢ちゃんは落ちてきてなんていないぜ? 敵もだが」
「不味い! 二対一だ!」
「まぁ、落ち着けって。観測ならあいつがしてる」
そう、くいって、目線で、その方向を指し示す。
自分が向いている半壊した側ではない。他の三人が座っている、存在しない筈の四人の倒された敵という下敷きのある側。上を見上げる三人。遥か上空。自分でなければ見えないと思っていた遥か上空を、彼らは魔法も使わず、自分と同様に肉眼で視認しているのだろうということを、ようやく理解した。
そう。漸く。
彼らは、隠していた。
それは何も、魔法使いとしての実力だけでは無いということを。
「……」
「落ち着け。なっ」
そう、諭される。
「上の二人の魔法は、一言でいうと、相手の能力を低下させるというものだ。落ちるのは魔力や出力だけではない。肉体の性能も落とされる。経験は影響範囲外だが、逆にそれがかえって、やり辛さを助長している」
少年は冷静になって、そう、説明した。
「奴らが実質二人組なのはこれまでの試合を見て知っていたが、そんな直接的に力を見せた、ということか。とうとう。にいちゃん相手にはそれ位しないと駄目だと判断してきた訳だ」
「助けに、いきたいのだが」
「やめとけ」
「何故!」
「お嬢ちゃんは、多分、今、にいちゃんに見せたくない顔をして、見せたくない力を振るってるだろうからさ。感情的になってな。気づいているか? 偽装されてるぜ? 宙の光景。見たいなら、暴いてやるが。どうする……?」
「あんちゃん、悪いことは言わないからやめておくんだな」
「わたしが青藍ちゃんだったら、死んでも見られたくないかな~」
「キミが見たいなら見たらいいわ。ただし、覚悟はしてね。酷い男になってしまわないように」
「感謝する。だが、私は既に見ている。それに、私も、醜悪さは彼女に既に……。今日ここに来ることになった原因である、酷い出来事。私が暴走した日。但し半分。戻してくれたのは彼女だ。……彼女は、私が朧げにしか憶えていない、大半はもう既に忘れてしまっていると思っている。私は、底に沈めることで、確かに隠した。だが、違う。それが理由、という訳ではない。彼女はいつもそうだ。まだ、出逢って短い。だが、彼女が、最初で最後だろう。……。上手く言えないな……。だが、言わねば、貴方方は私を留めた儘だろうから。覗き見ないでいてくれた配慮も沁みている」
「ふっ! はははははは! 青いねぇ」
パチンッ。
ゲリィが指を鳴らした。
誰の魔法か。誰が解除したか。四人のうちの誰が。それすら分からない。何せ、偽りの光景が、彼女の魔法であったのかすら、定かではない。
つまり、それが、彼らの本当の実力の一旦なのだろう。
兵としててではない。小隊として。精鋭として。そして、魔法使いとしてあまりに、彼らは特殊である。ある種の方面に特化した黒騎士たちの空気と重なるところがあった。
「綺麗に終わらせてきます」
それは、ここにきて初めての、何とも子供らしい誓いの言葉。自分と彼女だけの外だから、と気を張るのをやめることができた故の。
踏み込みもなく、魔力によるブーストも無く、少年は地面から垂直に跳び上がっていった。
見上げる四つの顔は、何とも微笑ましいものを見る目をして、もう先ほどまでの鋭さは消え失せていた。




