デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス~ Ⅹ
宙で戦っているのはまるで自分だけのように、敵二人は、地に足ついたような揺らぎない動きで、こちらを詰めてくる。
鈍い剣の動き。最小限の動きすら、間に合わすのがギリギリ。
受けに回らざるを得ない。
(体以上に、剣が鈍った。そう感じて、こちらに持ち替えた……。直に浴びたのも、最も量を浴びたのも、魔法の剣。こういうときの予感は当たる。この試合の間は少なくとも、道具として頼ることはきっと、できない。だが、幸いにも、疲労時の駆動、意外と体が覚えているものだ。使うことは、学園に来てからは無かったが)
少年の腕の射程の辛うじて外で、フィニッシュを決めようと、棍棒を振りかざして、突っ込む寸前だった、女の動きが止まる。
「数発ならまだ攻めの手も、十全に振るえるっ、てぇ顔だ。こわいこわい」
「あんさん、麒麟児じゃあなくて、叩き上げですかぁい? それでも才能あったぁなら、良かったぁじゃねぇですかい。持つ側ってぇこったぁ。ずるいずるい」
「私に対して行使した魔法。経験を奪う魔法、では、無いな?」
「資質と才能をあっしの幼少のみぎりの如く貧弱に鈍重にまで引き摺り下ろす魔法でねぇ。ただ運が良かっただけの自惚屋にはよぉく効くんですがぁぁ、あんさんにゃあ、あんまり意味は無いらしいぃですねぇぇ」
(ぺらぺらと口が回るものだ。言っていることも何処までが本当か)
「厄介ではあるぞ? 十分に」
と、一閃。剣はすでに翳されて、振り下ろし終えた後。それは、速さではない。技術である。なんのこともない。虚を突いたのである。
女の方が、肩から腹、腰へ、切り落とされていた。
剣は少年の手には無い。握っていられるだけの握力が既に無かったのである。
「これでは、病み上がりの老兵だな。酷いざまだ。次でこちらは打ち止め。尤も、後詰めがいるのだから、私が負けても未だ終わらんが、種を明かしたそちらに手はあるのかな?」
と、少年は、なまくらになっているであろう魔法の剣をその手に召喚し、斬り掛か――
「ふふ。避けることを選ばなかったのは矜持か自惚か知らんが―…ごはぁぁ……!」
剣は宙を舞った。
骨砕ける音が響く。
男の足蹴が、少年の胸から肩を、砕き、潰し、少年はそのまま崩れ落ちる。
遅ばせながら少年の身体の表面を自動的に流れた強烈な電流は、その蹴り足を強烈に弾いた。男だけではなく、少年も反動を受ける。しかし、男は痺れつつも肉体損傷は無く、魔法制御にも影響は出ておらず、少年はというと、体勢の維持なんて話にもならない。受け身も取れない。体制を整え、息を楽にすることすら。吹っ飛び、背中から、遥か下の闘技場の地面へと、急降下していきながら、掛かり続ける落ちる力によるダメージで血反吐を吐く。
それは、まさしく、隙。意識の飛び掛け、体の自由の効かない数秒。しかし、追撃が来ないのは、男の警戒。体表の瞬発的な電撃の障壁という、これまで見せていなかった札。
追撃が来るならば、まさに使いどころな上、少年が見せた、あの、雷を束ね、維持したような、馬鹿げた威力の剣戟。
(これだけやったなら、まあ、後は何とでもしてくれるだろう。青藍や彼らが)
満足を抱きつつ、意識を喪いつつ、熱を失ー…
「あああああああああああ――」
彼女の声だ。指輪を、外している。やめておけと、確かに言ったというのに。
闇が、立ち上る。
黒い涙を零しながら、界を形成してゆく。塗り替えてゆく。
つまり――抑え無き、彼女の全開である。
(はぁ。何も、これくらいでは人は死なぬよな。居るのは観客からして魔法使いだけ。敵は更に図抜けて強い。明らかにここでの人死にの実績は無い訳であるのは、彼女に裏付けしてもらったのだから問題ない。……嫌だなぁ……。彼女が、化け物だと思われることが嫌だ。行き交う者たちが、道を避けるのが嫌だ。想像できてしまう。指先は……辛うじて、動く、か)
【聖創・天綱光輪】
光の糸。指ではなく、腕に、手首に、幾重に絡み固定され、先端は掌から離れ、昇ってゆく。陽光色に煌く光輪。
(届く、だろうか……)
注いだのは、自身の意思。願い。縋りついてでも、本当なら、止めたい。できるものなら。今日というこの日を、終始彼女の満足で終わらせたい。そうしてやりたい。もう、今ので黒星は付いてしまったが、それでも、できるだけ。できる限り。できる全てを。
薄れゆく意識の中、呟いた、のかもしれない。
やめるんだ――
何を? どう? どれくらい? そんな形容何ぞ無い。ただそれだけ――
掌は、空を切った。




