デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス~ Ⅸ
「雲の上。観客も無し。この高度まで誘って、何がしたい。あんたら二人は?」
少年の前に居るのは、息のあった一組のカップル。漂わせる空気感に、表情に、態度まで似通った。
陰の者である。
漂わせる空気感が淀んでいるというか。
卑屈さすら感じさせる。
黒いさらさらの前髪が長く、さらっと左に流れ、両目を遮っている、病弱そうな青白い顔色をした、今にも泣き出しそうなくらい垂れ目の、ひょろく長い、夜のように真っ黒なローブ姿の男。
そして。黒いぼさぼさの髪の毛が左右に分けて括られた、背の低く、ガタイの良い、力強そうではあるが、荒れた頬に、血走った丸い目をした、夜のように真っ黒なローブ姿の女。
どちらも、子供ではない。
少年側の大人たちよりは若い。青少年、青少女といったくらいの年頃。
カップルと形容したのは、 その手のつなぎ方が恋人繋ぎであり、それに照れくささや恥ずかしさなんてまるで無い慣れた様子であり、二人揃って、互いではなく、こちらを睨むように、同じ表情で見ている。
(片方しか、滞空のための魔法は行使できない、と見ていいだろう。あの掌と掌。魔力の接合起点。どちらからの起こりかを隠しつつ、滞空の為の、浮力? それとも、重さを詐称? 何れにせよ、今を維持する為の魔法の展開起点になっている。熟達している。そして、この二人。長い、な。少しでも息がずれたなら、きっとこれほど緻密な操作は、失敗に終わるぞ?)
「きしししし。あっしらは姿を覚えられると報復を受ける恐れがある故」
キンキンとした、細く、珍妙な男の声。
姿形だけではなく、口調まで変わっている。男の子の声、ではなく、やけに高く、腹からではない、喉からの声である。もやしというか。不摂生というか。外にすら碌に出てない類の魔法使いの中でも、一際体を動かしていない、声出ししていない、そんな様子。
「それに、あたしらリピーターなんでね。運営側からの申し出は基本全部受けなきゃならない。なら、ストレスが溜まらん、リスクの少ないやり方を採るっきゃない訳さ。それに、いけ好かない恵まれた奴らをぶちのめすのは、やってみると分かるけど、愉しいのさ。あたしらみたいな陰のものにはねぇ!」
力強く、鍛えているようなはっきり通る、媚びの無い女の声。影はある。しかしこちらは、やけに力強い。男の方とは逆に、摂生して、加えて、鍛え、磨かれている。容貌としてのレベルは、可愛らしさという面では低いが、この引き締まった、弛み無い感じは、好きな者は好きだろう。いやしかし。なら、どうしてこちらの女には影があるのか? 男の方は分かる。見掛け通り。なら、この男に引っ張られての、影、ということだろうか?
「尤も、もうそんなことは言ってられない訳だけんどぉ、さ!」
女が振り回したのは、金棒。身の丈より大きい。えげつないくらい、棘々《とげとげ》しく、そして、太い。
それの生む風圧だけで、少年は圧される。
しかも、受けた風圧は、大きく広く重いのではなく、何故かやけに、尖っていて、潰されるといった感じではなく、打突のような衝撃を、幾重にも浴びる羽目となった。
魔法による制御であることは明らかである。しかしそれでありながら、威力の基底である、風圧を生み出しているのは、鍛えられた肉体による繰り出し。
「磨き上げられている。良い相方ではないか」
故に、素直な称賛。しかし、少年は、敬意を示してとか変な理由に拘泥して、受けに回ったままなんて愚行は侵さない。残像を残して、男の後ろ側に既に回り込んでいて、そう男の方に言いながら、斬りつけていたのだから。
「ぐぐぐ……」
掴まれていた。その刃は。
よりによって、その貧弱な肉体の男の手に。刃を掴んだ手から、血すら流れていない。皮を斬ることも、摩擦でもっていくことも、できてはいない、ということ。
少年のその剣を、魔法使いでありながら受け止めたというのに。
(どういう絡繰りだ……?)
「【鈍重なる弱者のきもち】」
男が掌から、伝わせるように放ってきた、知らない魔法。
(っ!)
伝わってきた衝撃の気持ち悪さに、剣を消す。そして、魔法剣ではない普通の剣を腰から抜こうとして、少年は気付いた。
(体が……、鈍い……? 重い、ではない! 鈍い……。何だ、これは……?)
「生まれつきの強者ってこれだから厭」
と、女から、腰の入った打突を放たれる。鎧を諸共しない上に、衝撃が、鎧を素通りするかのように伝搬してくる。
彼らは、手繋ぎを止めている。演技、だったということだ。それぞれで、滞空の為の手段を確保している、ということだ。
(上手だ……。戦い慣れている……。それも、人同士の読み合い……。決闘。少人数での諍い。その辺りに特化している。騙しの技術の多くが、個を騙すことに重点を置いているのだから。元・師匠の言うところの、私の苦手な相手。タイプ・詐欺師、に該当する)
今度のそれには、少年も、身体をミシッといわせ、僅かながら血反吐を吐いた。
(だが、悪意からではなく、ただ勝つために手段を択ばないのは、実に好ましい。挑み甲斐があるというものだ)




