デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス~ Ⅷ
ローブに仮面という姿のまま。
立っているのは二体。
そんな二体の額の宝玉は、砕け、落ちた。
気配が、変わった。
確かな圧がある。
「これまで俺らが観てたのは本気とは程遠かったってぇ訳かぁ」
「ゲリィ! 恰好つけない!」
「はい……」
「まさかぁ、6対6じゃなくて、6対2だったとぁなぁ」
「私たちの方がだいぶ弱いって見積もられてるってことかしらね。確かにこの六人改め二人には実績があるけれども。青藍ちゃんも何か感想あったりする?」
「えっ? ええと……。とっても息の合った人たちですね」
困惑しながら、青藍はそう答えた。
「許すまじ!」
男の子な声で片方が凄むが全然怖くない。その声に乗った、強烈な魔力の色と迸り以外。つまり、十分に、脅威である、ということだ。
「【雷鳴おとし、ししおどし】」
叫ぶような男の子の声の詠唱。
雨雲も無く。黄昏の空を割る、閃光が。降る。降る。降る。
「ん?」
ゲリィが周りを見渡す。けれども、天候の変化や雷を見ているのではない。
ガァアアンンンン! ガァアアアアンンン! ガァアアアアンンンン!
全段、引き寄せられるように、落ちていって、当たった――全身鎧姿に剣を構えた少年に。
燃え上がることも火花を散らすことも、焦げ臭い臭いや絶叫をあげることもなく、少年は平然としていた。
「「「「「「何ぃいいいいいいいいいい!」」」」」」
敵側の二人だけではない。こちら側である筈の少年と彼女以外の今回の仲間四人も、全く同じ反応をする、という始末。
「効かんよ生憎。それは、私の魔法使いとしての始まり故に。要するに、起源に近い。故に効かん。それどころか――、いいや。言うより見せるが早い。あのときを再現するとしよう。そして、そこから更に一歩。今なら、こうだ」
剣を翳す。
また、降ってくる、一発でも、樹木を縦に真っ二つにしながら、燃やすに足るであろう雷が、一連、二連、三連! それを剣に受ける少年。平然と。
「敢えて、詠唱するとしよう。【雷鳴剣】」
一瞬で、轟く暗雲が黒々しく、色濃く立ち込め、広がり、えげつない太さと、量の雷鳴が、落ちながら、統合されてゆき、一本の柱となって、降り注ぎ、少年の全身が、そのスポットに呑まれ、だが、消し炭になることは無かった。
少年の剣が、紫色に輝き、紫電を、その刀身から散らしている。それを、両手持ちし、掲げる。その激しい雷鳴のエネルギーは、柄を越えて、全身鎧の籠手、腕、肩、まで、迸り、昇り、うねっている。
「「……。それを、こちらに向けるつもりか……」」
仮面の上からでも分かるくらい、声が震え、青褪め、戦意喪失した風な、綺麗に重なった敵方二人の声。
(演技か……。懲りない連中だ。それとも、沁みついているのか?)
「ああ。私の青藍が辱めを受けるなんてことはあってはならないのでな。貴様らが、実に下衆で悪趣味な連中であるというのは聞き及んでいるのでな。手は抜かぬよ。彼女が辱められ、それが私の落ち度故、何ぞ、腹を切っても、死にきれんよ。ふふ。はっ。ははは。ぎぎぎ。ぎぃぃぃぃ! 覚悟はいいか?」
「「待……待って…―」」
「待たん!」
少年が振り下ろした一撃は、強烈なバリアが張られている筈の会場の半分を消し飛ばした。大量の人間が、吹き飛んでいくのが見える。しかし、致命的な程の威力は、殆ど相殺され、風圧だけが無駄に残ったのか、結果、大量、人間かつ、魔法使いかつ、カップルたちが、吹き飛んでゆく。
(魔法使いに戦わせる場所、それも何度も行われ、廃止されることなく成立し続けているのだから、当然これ位の安全保障は当然されている。想定通りだ。しかし、まさか、粘ることもなく、避けを選ばれるとは。だが、反撃を交わらせてこなかった辺り、程度は知れている。学園の強者のクラスには及ばないだろう)
そんな風に、他愛無い、と、背を向けて、味方たちの方へ向き直った少年に、
「あんちゃんんん! 未だだぁあああああ!」
ガリアスが、必死の形相で、叫ぶ。
「ほぅ」
少年は難なく受け止める。角の一撃を。後ろ手に、剣の腹で。魔法による膂力の強化も無く、少年の足腰はびくりともしないが、周囲の地面はその負荷と衝撃に耐えられず、吹き飛ぶ。
足元が無くなったのだから、当然、落下が始まる。地面の下は、空、だった。その戦場は、空の上だった。
落下の始まる最中、少年はそれを見上げた。
見事な毛並みの、真っ白な馬。額に立派な角の生えた。まるで、刃のような角の生えた。湾曲した上、金属光沢に、刀紋まである。それでは本物の刀そのものではないか、と、頭の根元からそれが生えていなければ疑ったであろうくらい。
それは、少年を見下ろし、馬面を向け、鼻で笑って、その四足で、空を蹴って、昇ってゆく。
(ほぅ。元・師匠のとは違うが、知性を残したままの、ある種の獣化か。……彼女が掛かっているので、禁の一つを、解かせていただきます)
そうして少年は、騎士としての絶技の一つを、放った。騎士の極意。それは、聖騎士の技。
【聖創・宙輪輪足】
足裏、空を踏みしめる。それを繰り返す、技である。聖騎士であろうとも、それを展開できるものは少ない。できたとしても、せいせい、ものの数秒、ものの数回。だが、少年は、その制約の外にいる。
その動作を、数度成功させ、それを、魔道具に記憶させ、自身の再現可能な空を踏みしめる足跡を再現する、聖装。
しかし、少年のそれは、聖創。
少年は、魔法に頼らず、それを可能にしている。魔道具による補助が無ければ、聖騎士であろうとも、継続すら辛うじてなそれを、パフォーマンスが落ちるような疲労や損傷を負わない限り続けられる。
強度の高い集中が必要ではあるが。
そして、そういった集中も含め、少年のそれは実のところ、神業の域。何せ、現状、少年以外、生きている人間では誰もできない。
音も無く、闘技場の高度へ到達した瞬間、既に紫電の力を溜め終わっていた剣を振るって、勝ち誇り、イキり、勝ち誇る馬面を、背後から一刀両断、否、蒸発させた。
「貴様ら、やる気が無いのか? ならば、この辺りで降伏を勧告しておく」
青藍以外、呆然としている少年側の者たち。
残っている一体の傍に、仕留めた筈の一体が、霧から実体化するかのように復活しつつも、息絶え絶えに、地に伏している。
少年はその方向を向いて発言したのだから、その復活というか、緊急回避? も予想していたらしい、ということになる。
「青藍ちゃん……。あなたの男、めちゃくちゃ過ぎない……?」
「これだと私ら足手纏いかもねぇ~……。あはは……」
「そんなことないですって。彼、どうも最初から本気を出さない悪癖があって……」
「理由は何となくわかるぜ? 本質が兵士じゃあないんだよ。指揮官だからだよ。異様に強いから勘違いしちまうかもしれないが」
「青藍ちゃん考えてみ? 指揮官が前線に出て戦うっておかしだろう? それに、本来、最初に出すのは偵察や斥候だろう? それを一人でやってるって考えたら、どうだ? しっくりこないか?」
「すみません……。わたし、ライトとは違って、その辺りは詳しくないんです……」
「そっかぁ。じゃ、こう考えるといいわよ。ライト君の仕事は、自分が戦うことじゃなくて、部下を采配すること」
「色々と疑問が晴れました。ライトって、妙に強いのに、何だか嘗めプ癖があるなって思ってたけど、そういうことじゃあないんですね。よかった……」
「降参んんんっ? するわけねぇだろうがぁ! 俺らを本気にさせやがったのは、お前が初めてだ。真の姿を御見せしよう! ってえ訳で、来いぃぃぃぃぃぃっっっっ!」
「そうよ! 格好つく奴なんかに負けてやるもんかぁああ!」
仮面二人が跳び上がる。打ちあがっていくかのように、遥か上空へ。少年もそれに乗って、跳び上がって、打ち上がってゆく。
「あれ? 何か始まったぞ? 俺らそっちのけで」
ゲリィが観客面している。
「いいんじゃない~? ライト君一人で何とかなるでしょ。あれでも本気には程遠そうだし。……。こわっ!」
シンシャも軽いノリでもう、他人事のような風。
「シンシャ。一応、ライト君やられたときの為に仕込みをしておこう。でもまあ、ライト君、俺らと緻密な作戦や連携練習しなかった辺り、慧眼だよな。付け焼きじゃあちと厳しい相手だってあの一瞬で読み取ってた訳だ」
「かしこまり~。あっ、青藍ちゃんはどうする?」
「混ざってきたら? いけるでしょ。青藍ちゃんなら」
「多分もう何も無いだろうが、俺らは控えておくよ。いってらっしゃい」
と、皆からの後押しに、
「じゃあ、皆さん、行ってきます!」
青藍は、影の足場を展開し、全力跳躍程度の短距離転移の連続で、昇っていった。




