デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス~ Ⅵ
「……っっっぅぅ!? でぇえ、でわぁあああああああああ、開始ぃいいいいいいいいいい!」
その遅れた号令。
どうやらフライングにはならなかったらしい。らしくない。急いてしまった。いいや、らしくは……あるか……。変な汗が背中をなぞり落ちた。
(鈍っているな……。分かっている。失敗が許される環境に長いこと漬かり過ぎたのだ……。学園程ではないが、ここにも許容はそれなりにある。だから、助かっているのだ。もしこれが、ルールを強要する類の魔法が張られた場であったなら、今のでもう終わっていた可能性すらある。……。変わらないか。失格を言い渡される危険は依然、存在する。……。どうやら、私は自身が思っている以上に、惑っているらしい)
少年は、敵である五人の前に既に到達していた。瞬く間に。
「な!」
「馬鹿ナ……」
「受けるワよ!」
「オレは逃げる」
「知るか、こんなの!」
声は、どれも同じ声。男声か女声かも分からない、歪んだ、無機質な声であるが、発生個所は、それぞれの仮面の、口があるであろう位置から。
そのことから、分かる。
敵はこの状況を想定済みだ。これは、崩された、振り、だ。とはいえ。この剣の特殊効果までは読める筈もない。心を読めるなら、彼らの初動は誘い受けになんてまずならない。
つまり、どう転んだところで、タダ取りだ。中身入りの当たりを引けたならなお良い。……。待て。当たりが無い可能性を無視していないか……?
……。魔法を斬ることにそれなりの意味がある。だいぶ、やり辛くなる筈だ。
横薙ぎ一閃。手応えは、無い。
剣の微かな輝きが、魔法の切断という結果を一応示していた。
わざと、後ろを向く。自分一人突出したのだから。残してきた皆の方を見たのである。
展開された、泥水色の、粒の大きな蒸気。
「ぐふふふふふ。【泥の触手よ。卑猥なるその暴威を振るうがいい】」
女の声だ。ねっとりとした、じめっとした。
自身の足元。不快な泥だまりに漬かったような感覚。つまり、鎧を浸透してきた、ということだ。この魔法の全身鎧を。
(この手の魔法を、男に、だと? 想像力が足りないのか、想像がつかない。こちらを無力化させるという最低限の目的までは読めるが……。何せ、その先があったとして、誰が喜ぶ……?)
観客席を見渡そうとするも、自慢の視力でも、影絵にしか見えない。そういう処置が施されているフィールドであるということである。
冷静に、脚力頼りに、瞬発的に蹴り出す。跳び上がる。全身が軽く浮かび上がる。数メートルの高さまで。
回転しながら、剣で、聳え、おぞましく、迫ってくる数多のそれらを、ただのカタチ無き泥に戻す。
視界の端に、映った。彼女たちの側にも、それは、広く展開され、迫っている。
しかし、自分のように漬かるヘマはしていない。それどころか、彼女たちの側では、泥沼の形成まではされているが、その先。泥のうねる触手が一本たりとも出現していない。
「んなもん! カタチにさせなきゃ余裕だ! シューイット!」
「ええっ!」
呼応するかのように、それは発動した。シューイットがその泥の触手から、形や指向性を失わせ、無力な泥に還元する。それを、ガリアスが、無詠唱で唱えられた魔法により、利用する。
ボトッ、ボトッ、と空中で形になり、地面に落ちる、泥色の、どっしり、ねっとりとした、糞色のスライム。
「さあて、手綱は誰のもの?」
シューイットがそう、お約束と言わんばかりに、ガリアスに尋ねる。が、
「当然、俺のっ…―! ……。不味ぃわこれ。操れねぇ……」
想定していなかった答えが返ってくる。
「大丈夫です! 一か所に纏めてくれて、理想的です!」
青藍がそう言って、それらを、影ではなく、純然たる闇で、呑み込んだ。
「はっ……! 空間魔法!」
ゲリィが、そう、嘘だろ、と目を丸くしていると、
「多分パスは切れました。そのまま御返ししちゃいます!」
青藍は崩れた大質量の粘り気のある泥に成り果てたそれを、明後日の方向にぶっ放す。
「っ!」
「ぃぃ?」
「むっ!」
「まじかぁぁ……」
四人の反応はそんな風に置いてきぼり。少年はというと、
「成程。最初から隠れ潜んでいた、ということか。ありなのだなそれも」
と、一人納得しながら、空中から、高速で突っ込んでいく。
(ハメを外しているというか――ふふ、愉しそうで何よりだ)
「やれは、しないです! ですが、しばらくは保つかと」
少年が到達するより前に、塊は着弾していた。
大質量、大口径の放水というか、洪水というか。激しくぶつかり、障壁に弾かれる。青紫色の障壁は強固に展開され、その先に、二人、見える。
先ほど少年が仕留めた筈の五体のうちの二体が、そこには立っている。
黄色の宝玉を仮面の額につけた一体と、青色の宝玉を仮面の額につけた一体である。背格好も変わらない。他の三体は切断されて倒れたまま。
その二体だけが中身あり。
その二体を隠すが為の、先の五体。




