デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス~ Ⅴ
「さあ、いよいよ始まりました。本日の特別マッチ。公園エリアの係員たちの御眼鏡に叶った力を持つ男三人を含んだ6人、計三組のカップルに対峙するは、こちらぁあああ! 我らの恥部、ファッキン・シックスぅぅぅ! 挑戦者6人は、この塩試合、不意打ち、卑怯の数々何のその! 勝てばいいのだ、な、な、なぁぁ、クソなリピーター共を懲り懲りさせてくれるのかぁああ! それとも、いつも通り、酷い絵面が広がるのかぁああああ!」
独特な言葉選びの司会の声。キンキンと頭に響き、苛立ちを抱かせてくる。
我らが恥部? 運営側の人間が相手、ということか? それとも、リピーター共。客、か? リピーターというのが、私と彼女以外の、こちらの四人を指している、とも考えられるが……?
ワァアアアアアアアアアアアア――
歓声が響き渡ってくる。
頭上と足元以外。前後左右から。厳密には――降り注いている。
一定以上離れて、恐らく、円状に。高さの違う、円状の座。立体的に幾重に並び、恐らく、聳えるようなそれら。観客の総数は、音量が調律されたものでは無いのだとすると――四桁。
声の限りでは男女比に偏りはないようである。当然といえば当然か。
しかし、不意に聞こえてきたのだ。徐々に強くなった、ではなく、障壁が取り払われて聞こえてきたかのような。あまり断定するのはよくないか。
「……。こりゃ、きっついな……」
ガリアスの声色に憂いが見られた。
「やることは変わらないわ。ただ、死に物狂いで頑張るだけよ……」
シューイットはガリアス以上に事態を重く受け取っているようだ。
なら、その理由は恐らく、相手。ファッキン・シックス、とやら。
だが、妙ではある。この手の闘いで、数を揃えるのは基本といえる。こちらが六人というのなら、相手が六人というのは想定しておくべきだ。そして、六人相手の際、よく出てくる相手がいるというのなら、当然、心構えをしている筈だ。
「ゲリィ。わたし……。禁を解くね」
シンシャの声色からおふざけや軽い感じが消えていた。
禁? 使いたくない手段であったのだろう。見栄えが悪い? 単に悪辣? リスクが重い?
「構わん、やれ」
ゲリィだけは大して変わらない。
……。薄っすらだが、私には見えている。人影が。彼らの目がどれくらい効くか分からないし、そもそも、こうやって、相手の人影が見えること自体が、調整された結果であるかも分からない。
彼女は――どっしり構えている。だが、私みたいに色々考えを巡らせている素振りも無い。それも確かに、こういった場での在り方として正しいとは思うが、私はそうはできない。
「ちょっと待ってくれ! あいつらそんなにヤバいのか。確かに曲者特有の、身体の重心が中心ではなく、偏って立っている出立ち含め、思うところはあるが、そこまで、なのか……?」
こうやって、動かざるを得ない。
「そうよ。ライト君……。だいたい、公開処刑にされるの。恥ずかしい意味で。負けたなら、だけど。わたしたちはまあ、大人だし、そういう目も経験が無い訳じゃあないし、現実で悲劇として起こるよりも遥かにましだからいいけど、君と君の彼女は多分違うよね……?」
答えたのは、シューイット。少年にそうやって尋ね返して締めくくる。
これは覚悟を決めなくてはいけないかもしれない。正直、今の彼女の姿を晒すだけでも――
「勿論……。だから、こちらも塩試合上等。圧し潰すさ」
と、少年はそれを展開した。かの剣と鎧。魔法の品。騎士の証。騎士でないと言い、魔法使いとしての魔法の行使も行った人物が、それを行ってみせた意味を、彼らは知っていた。
「魔法……騎士ぃいいいいいいいいいいい?」
ガリアスの反応が何か、おかしい。
「馬鹿な! 実在したといのかっっっ!」
ゲリィのそれは、明らかにガリアスのノリに乗っただけだと分かる。
取り敢えず、彼らの世界では、多分、魔法騎士というのは存在しているのだろう。実在するという意味か、実在したという意味か、記録が残り信じられている、という意味のどこに当て嵌まるかは分からないが。
「何か隠している風ではあったけど……、ライト君、君って、確実に訳アリね……」
シューイットがそう、若干困惑した様子で言う。気まずいといった感じの反応である。
となると、彼らの世界でのタブーとまではいかないが、何か触りにくいカテゴリーの話に入ってしまうのだと想定できる。
「うわぁ……。ホンモノねぇ~」
シンシャの反応はその説を補強する。そんな選択する奴は、異常な奴である、といった風な。
「ライトばかりに負担は掛けられないわね。というか……、ライト一人に注目を集める訳にはいかないわ……」
彼女のそれは、自分への気遣いであると分かる。いつものように。そう。いつも通りだ。
「えらいわねぇ~、青藍ちゃん。後のことをちゃんと考えてるだなんて。負けることなんてまるで考えてないところがまた可愛らしいんだけど~」
シンシャがそう言う。ちょっと空気が和らいだ。くしゅくしゃと頭を撫でられる彼女は、くすぐったそうに笑っている。
「いいもん見せて貰ったし、俺らも奥の手までは解禁していいんじゃね? 奥の奥の手までは無しで。御遊びじゃあ無くなるからな」
ゲリィがそう言った。
他の三人の顔つきが一瞬、鋭いものに変わった。その空気を自分はよく知っている。騎士というのは、軍属の一つの形である故に。今ので分かった。今の今まで、彼らは隠していたのだ。
「……? もしかしてだが、貴方方全員、軍属か? そして、貴方だけが上官である、と」
「まあ、な。鼻つまみ者ではあるが」
ゲリィがそう、面倒くさそうに、頭をボリボリ掻いた。とても分かりやすい。オフなんだぜ、今日の俺ら? と、言葉にもされていないのに、色濃く伝わってくる。
「魔法使いらしくないようだからな、貴方方は。それに、力の隠し方が妙に手慣れているというか。不自然さが無い。通常の部隊の人員ではなさそうだ。替えの効かない、特殊な小隊といったところか? 凄腕であるが、扱う側も持て余す類の」
「分かってんならそこは言うなよ……」
「認識合わせはできる限りしておきたいなと……。御遊びだとは、私はもう、思えない……。青藍。そうでもないと、流石に、君の身が掛かっているのに、他人の手を借りるなんてできようもない」
「青藍ちゃん、ライト君! 煙が晴れるわよ!」
シンシャの声に、我にかえる少年。
向かい側に現れた六人。円形の座の弧の観客たちを背景に。
歓声は一際大きくなった。
ちょっと耳がきぃんとなる位。
この仕組みは、これの緩和という目的もどうやら含まれている、ということだろう。
全員、御揃いの紫のローブを着て、フードを深く被って顔を隠しつつ、白い仮面をつけている。それらの額には、明らかに禍々《まがまが》しい、四属(火・水・風・土)+二属(光・闇)という、原初の基本、六属性の宝玉が、それぞれ一つずつ割り振られていた。
「間違い無ぇ……奴らだ……。にいちゃん。あいつら、ホンモノは二人だけだ。ブ男に醜女のカップルだ。性根が、な! 青藍ちゃん! 後は読め!」
彼女は、驚愕しながら、恐怖を浮かべている。
自分はというと、やはりな、といった感じであった。
彼女の耳元で、囁いた。
「大丈夫だ。この人たちは君の見立て通り、大人だ。強くて、まともな」
駆け出す。
彼女の指先が、微かに肩に触れたのを無視して。
この手の相手に、時間を与えるのは恐ろしく不利なのだから。
この、魔法の剣と鎧という、実体と魔力を持つ異質な装備。もし、敵が知らないのだとすれば、この速度は、不意打ちの一助に確実に、なる。




