デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク ~宙のコロッセウス~ Ⅲ
「成程。これはありがたい。皆さんの力は間違いなく連携向きだ。因みに、私の力は見ての通り、……。この通り。雷だ」
と、指先に少年はそれを灯す。実は苦手である。細かく、加えて、維持、最小化、というのは。
「わたしはコレ、です。影を操れます」
と、自身の影で、等身大の拳を作りだしていた。予め作って忍ばせていたらしい。その証拠は、部屋の余りの椅子の一つ。掲げられたその影の巨大な拳の上には、部屋の余りの椅子の一つを乗せて、掲げられていた。
彼女の派手なそれに周りが気をとられているうちに、彼女の力による、一瞬かつ、無音の、高速な遣り取りがなされる。
(これでいいのか? 青藍……?)
(ええ。この人たちは、一般的な範疇での魔法使いよ。学園の連中とは違うわ)
(だからって、力どころか属性まで偽る必要は…―)
(ライトのは特に。光属性なんて、どれだけ稀有だと? その本質は奇跡と希望。世界や国によっては、生きたまま素材にでもされるんじゃないかしら……?)
(……。初耳だが……)
(できる限り触れないようにしてたから。そもそも、ライトだったら狙われたとしても容易く切り抜けられそうだし。怖いのは、泣き脅されたとき。縋られたとき。貴方はきっと無視できない。奇跡的に無視を貫けたとしても、絶対に後に尾を引く。光の魔力は、容易く穢れる)
(詳しいな……)
(師匠によると、私の属性も、腹の中にいたある時点までは光、だったという見立てよ。尤も、魔女の資質があった時点で、堕ちるのは時間の問題だっただろうから、気にしても意味無いってことだったけど。不可逆なものらしいし。ライトは恐ろしいくらい安定してるらしいから。得ずして下積みを徹底した結果そうなっているだけ、っていう、奇跡も特別も何もなくて、必然そうなっている、っていう見立てよ)
(そんな畳みかけてこられても消化しきれないんだが……)
(だって説明しないと、ライト、ぽろっと漏らしそうだったし)
(済まない……。手間を掛けさせた。最近緩んでいるな、私は)
(それ位でいいのだと思うけれど)
そう。話は一瞬で切り上げられた。
なら、別にいつでもよかったのではないか?
そんなことはない。何故なら――
「何だぁ? 内緒話か? いちゃつき過ぎだろぉ? 実はまだ熱々かぁ? 初々しいねぇ」
「煽るな煽るな。でも、二人共、時間はそう残されてないだろうから、作戦きちんと決めようね」
こんな風に、遣り取りの後の反応は、余韻を残すかの如く、尾を引く。それは感情であって、反応であって、それまで一瞬に圧縮してしまえる程便利でも万能でも無いから。
「う……。確かに」
「ごめんなさい……」
そう。二人共々。謝った。
確かに内緒話であり、図星であるのも相まって。素直に頭を下げた。
「結構君らって腰低いね。力はやけに強いのに」
シューイットがそう尋ねる。
「そうだろうか……? あまり言われたことはないが……」
少年がそう答える。
「ライト君はただ、見掛けの圧が強いだけ。それと強者特有のオーラみたいなのがあるから。でも、苦労人なんだろうね。不器用だけども。青藍ちゃんは多分、属性のせい、かな?」
シューイットがそう、分析した結果を口にする。
それは魔法ではない。ただの観察、考察。
そして、自身に関するそれはまさしく、当たっている。苦労人というところ以外。だから、鋭いな、と少しばかり不安になった。先ほどの音無き会話。聞かれていない、と断定するなんて、自分にはできない。
「繕っているようだけど、無理しない方がいい。今更だけどさ。訳わからないことには訳わからないって叫んだっていいんだ。君たちはどうやら場数は踏んでいるようだけれど、恐らく今回のようなタイプのは未経験に見える」
ガリアスがそう、あんちゃん、とも言わず、落ち着いた調子で言う。
もう、考えても仕方がない、と少年は割り切ることにした。
「彼女は分からない。わたしはこの手のも慣れている。苦手意識がないとは言わないが。それに、今回のはいつもと比べれば随分マシで。なにせ楽しむ余地もあるし、報酬まで約束されている」
いつもの調子で、落ち着きをもって、答えた。隣の彼女もそれに倣うが――
「わたしも。今日だって、この間あった酷いことの埋め合わせなんです。ライトの…―」
この辺りは経験値の差が如実に出た。少年は、隣の彼女の肩に触れ、言葉を中断させ、自分を見させた。彼女に、首を横に振り、やめておけ、と制止した。
「んん? 君らもしかして~、天から来たのかなぁ~?」
いつの間にか、間に入るように、至近距離に、シンシャの顔があった。少年も彼女もびくん、となる。けれども、二人共、ひどく落ち着くのが早い。硬直はほんの一拍子で終わり、
「天……?」
「魔法使いの園のことを言ってるのでしたら、そう、です」
そう、投げかけられた疑問に答えた。
「なら、これくらい生ぬるいわね」
シンシャは腑に落ちた顔を。
「僕らは留学生として短期間滞在したことがあったり、依頼を受けて出入りしたことが何度かあった程度さ」
ゲリィがそう根拠を補足する。
他二人は、うんうん、と何か思い出しながら、大仰に頷いている。
「皆さんも無茶振りには慣れ親しんでいると」
少年がそう尋ねると、
「悲しいことにね~」
シンシャがそう、全然悲しくも疲れても無さそうに、愉しそうに答えた。
「恐らくは皆さんの察しの良さには絡繰があるのだろう。こちらにも、私と彼女の間だけの絡繰りがお察しの通り、ある。何れにせよ、明らかにすることを強要するつもりはないし、こちらも説明しない。そもそも、私は絡繰りを知らないし、彼女も言語化できるかどうか。ともかく、私たちのも、貴方方のも、干渉し合うことは少なくともない筈だ。だから、互いに、うまく合わせていこう。多少の戦術と連携の擦り合わせとニ、三の決め事程度最低限、と思っていたが必要無さそうだ。それで、丁度いい塩梅になるかと思うが、如何だろうか?」
少年はそう、自分の出した結論を口にし、皆に問う。
(結局言うのだな……)
(ええ。その方がライトも引け目なくやれるでしょ? それに、この人たちも、わたしたちを試してる。それ位にこの人たち、鋭いわ。最初はライトにばっかり話してたけど、途中から私も含めるようになった)
(それは分かるんだが……)
「わたしはどうしよっか」
指輪に手を掛けた、隣の彼女に少年は優しく言う。
「それはやめておいた方がいい。動きが鈍らない筈がない」
「そう……よね……」
「この後も続くのだから、受ける目線を厳しいものにする意味はない」
そう口にして、先日のアレを思い出し、勝手につらくなる少年。
彼女のそれはわざと。少年のそれは、自然。
周りの彼らは優しかった。
「わたしら耐性装備持ってるし、抵抗もできると思うけど」
シンシャは、そっけない口調でそう言った。そこに嘘偽りは無さそうである。
「こちとら飼い主サマが闇の魔の弩級でね」
ガリアスがそう、威には慣れていると腕を組んでいる。
「貴方方、魔女や魔王との対峙経験はありますか?」
少年ではなく、彼女が尋ねた。
「それなりには」
ゲリィが、どっしりとそう答えた。
「そうか。なら。青藍。私はもう止めない。どう、したい?」
心配そうに少年がそう言うと、
「やめておくわ。ごめんなさい、皆さん、空気乱しちゃって……」
彼女は、そう心底申し訳無さそうに頭を下げた。それは演技ではない。
「辛気臭いのはやめにしましょ。わたしたちはサポートに回るわ。補助魔法と類と、貴方たちの動線を邪魔しない形で、敵の阻害を行おうと思うわ。こういうのも何だけど、妨害については結構なものだよ。わたしたち」
シューイットがそう、優しく励ますように、そして、ほんの少し、得意そうに言った。
ゴォン、ゴォン、ゴォン――
鐘が、鳴る。
それは、戦いの場への降臨の合図。




