デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク Ⅹ
公園エリアのベンチに並んで座っている二人。使い捨てと言われた、異様に軽く、薄い白い容器に並々と注がれた飲み物はまたしても、ただの水である。
容器の側面には、手を繋ぎ歩くカップルの影絵が。
別にタイミングを測っているわけでも無いのに、口に水を含む動きはシンクロしていた。
そして、同時に
「「あっ」」
そして、
「先に聞かせてくれ」
と、少年に言われ彼女は頷いた。
先ほどあった遣り取りをここまでなぞっている。
先ほどとは違うのは、飲み物の選択に意図があるということ。
少年に関しては、出すもの出して、水分補給が必要な訳であるし、ダメージがまだ残っている可能性も考えれば、味のついた重い飲み物は非常に不味い訳なのだから。
彼女も、軽く見ていた、トイレという、二人っきりを中断する不安要素をここにきて注意を払って、安牌である水を選んだ、という訳である。加えて、もういらないと思ったとき、捨てるのにも、水であるが故に抵抗感はほぼない。
「ライト……、おなか、大丈夫……?」
「何度も言っているが、大丈夫だから。想定だにしない負荷に不意をつかれただけだ」
「変な言い回しね……。今も尾を引いてるって感じよ、それ。ライトって精神強そうなのに、結構動揺するときはするのね」
「自分の中で完結することじゃあないからな。私だけが尊厳破壊の危機、というのなら、割り切れたさ。知っているか? 青藍。並どころか、上等なくらいの騎士鎧ですら、浄化の魔法は付与されていない。そもそも、魔法付与自体が高級品、特注のオーダー品でも無ければされない」
「それで?」
「鎧というのは、基本、一人では脱げない。厳密に言えば、恐ろしく時間を掛ければ脱げるっちゃ脱げる。が、鎧を着込んでいない騎士なんて、ただの兵隊と防御面では大差ない。魔法使いや魔物の相手をさせられることも珍しくない騎士がそれでは問題あるだろう?」
「……。まさか……」
「ああ。垂れ流しだ。着っ放しなのだから必然、そうなる」
「……。そんなで、戦える、の……?」
「いけるぞ? 慣れてしまえば、な。寧ろ慣れられないとやっていけない。とはいえいきなり垂れ流すのは敷居が高い。それこそ最初からそういう素養が無ければ」
「酷い素養ね。あったらあったで便利なんだろうけど……」
「で、だ。騎士になる前、大概は、騎士見習いや従卒である訳だ。従卒は、騎士の身の回りの世話などを役割とする兵隊のことだと思ってくれればいい」
「まさか……。実際にやって見せて、慣れさせるの……?」
「ある意味当たっている。自身の上司である騎士の鎧の研磨が騎士見習いや従卒の仕事に入ってくるからだ」
「……」
「洗浄ではなく、研磨、というのがミソだったりする。清潔な水なんてものは、まず飲み水に回される。それに、水というのは運ぶとなると結構な重量になる。だから、汚れは、洗い流すなんてことはできない訳だ。そこで、どうすると思う?」
「研磨、ってことは、何かで擦るってことだろうけれど……。やっぱり、砂、とか……?」
「確かに、それであれば汚れは見えなくなるだろう。が、そうなると、臭いは、どうする?」
「……。諦める……、でしょ……?」
「半分正解といったところだ。もう少しだけ足掻く。砂と酢と少量の尿を混ぜたもので鎧を擦りに擦るのさ。少しでもましになるようにと、必死にな。だが、手法が手法だけに、洗浄には程遠いのだ。故に、必死でやったという、努力を見せて、何とか及第点としてくださいと、祈るんだよ。絶対の上下関係がある相手だ。故に、祈る、なのだ」
「うわぁ……」
「といった風に、私にとっては嘗て通った道。故に、平気という訳だ。間に合わず垂れ流してしまおうが、ああ、やってしまった、程度の不快感で済んでしまう」
「我慢が続けられたのは、やっぱり、打ち合っている際に垂れ流す訳にはさすがにいかない、から?」
「ああ。どうしても弛緩してしまうからな。生物として構造上、隙を晒すことになってしまうのは致し方ない、なんてのたまったら、命を落とす」
「ライト。面白かったけど、結局何が言いたいの?」
そう、彼女は冷たく言う。彼女は、自分の悪癖を責めているのだと気づいた。自分が言いたくないことを遠回りに言おうとするところ。心が読める彼女に、読んでもらって終わりにしようと思っているところ。
だから少年は、観念した。
「君に尿瓶を渡して、泣いて謝り、自身の鼓膜を破り、背を向けて離れて、目を瞑って、蹲る。それか、君が決壊を迎え、頭からそれを浴びて共に絶望する。そんな、君にも私にも最悪の思い出が、こんな日にできてしまうなんて、私には耐えられない……」
ぎゅるるるるるるる……
「……」
彼女は無言であったが、ひどく申し訳なさそうにしてた。顔に書いてあった。ごめんなさい、って。
「行って……くる……。暫く……篭る……。すま……ない……。ぐっ! ……。ぅぅ……。危な……かった……」
立ち上がろうとした少年は、未だベンチに腰かけたまま、震えた羊のように、ぷるぷると。立ち上がれないだろうことは明らかだった。
「はぁ……。ライト。動きを止めて。はい。そのコップ渡して」
そして、彼女は、自身のコップと、少年のコップを、ゴミ箱へと投げ入れ、
「2、3秒だけ消えるわ」
と、額に汗浮かべながら言って、ベンチから腰を上げ、何処かへ転移する。
そして、少しばかり安堵して、本当にものの2、3秒で戻ってきた。
「何も聞かず、手、握って」
そう言う彼女に少年は従って、そして、二人はいなくなった。
ブゥオン!
そこは、洋式トイレの個室。鍵が閉じられ、便座の蓋が上げられ、座面は下げられていた。トイレットペーパーもちゃんとある。
少年がベンチ姿勢のまま、転移したのがそこ。
しかし、当然のようにベンチとそれとでは、座面の高低差も深さも違う。便座の方が若干高かったのか、転移の際の埋まり防止の作用で、僅かに、突き上げられる。
それは、少年のポジションをベストに持ってくる作用も齎すが、当然、
「っ! あ! まず…―」
そう。着たまま、履いたまま、である。
「間に合えぇぇっっっ!」
彼女は咄嗟にそれを行った。一緒に個室内に転移してきた彼女が。自身の空間を持つ彼女。それと転移。組み合わせることによって。
ブゥオン!
少年の身体を覆っている全てが、消えた。




