デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク Ⅸ
「御客様……。このような事態は初めてです……」
「すま……ない……う、ぐぅ……」
ぎゅるるるるるるるるるるる――
そこは何処かというと、パーク内の、従業員用トイレの様式の個室の一室。
中にいるのは少年。扉の前にいるのは、そこへの鍵を開けた、あの鏡の迷宮にて、少年を制止した存在である係員である。
吹き飛びから止まった自分の傍に現れたのだが、『彼女を先に』と言って、彼女をトイレに案内してもらった後、すぐさま転移してきて、抱えられ、転移、そのまま、従業員トイレの前へ。そして、鍵を開けられ、そこで、自分の足で歩けることを意思表示し、決壊寸前の鐘の音を鳴り響かせ、個室の一つへと駆け込んだのである。そんな個室の前に、扉を挟んで、係員が立っている。少年が怪我をしている可能性、意識を失う可能性を無視できずに。だが、それでも、取り乱した様子や切迫した様子は見せず、落ち着いた様子で、
「私共にただ、念じて頂ければ対応できましたのに。それに御客様は気付いておられましたのに、どうして……」
少年との会話を始める。
「貴方方の前例に、尿意に対しては、迷宮からの脱出、もしくは、トイレへ転移での直行、ではなくて、尿瓶を渡す、とあるのではないか、という可能性が生まれてしまった以上ぅぅ――あっぁああああああああああああああああああああ――」
ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!! ……。
「それにしても、御客様、タフで御座いますね……。あれだけふっ飛んで、骨折すらないどころか、打撲すらできてなくて、どこも裂けてなくて、一見擦り傷だけというのは……」
声色に変化は無い。臭いにも音にもまるで不快感を感じていないような。恐らく、影響を受けていないのだ。それらに対する嫌悪の感覚が、恐らく、無いのだろう。と、少年は推測する。それでも申し訳なさはある訳で、少しでもそれを誤魔化す為に、
「生憎、鍛えているのでね……。魔法使いになる前は、騎士だったもので。この、通り……」
と、個室の下側の隙間から、自身の騎士の魔法の剣を出して、渡す。サービスした訳である。
「っ! い、生きてるぅうううう! ほ、ホンモノぉぉぉぉ……。 騎士で、魔法使い、だなんて、そんなの、伝説上の存在ではありませんかぁあああ!」
予想外の反応がかえってきて、驚く。その反応には抑揚があり、ナマモノっぽさがあった。思っていたよりも実は愉快な人物なのかもしれない。と思いつつも、
「いや、あくまで、元、だ。それに、騎士としては私は裏切り物だよ。よりにもよって、王族手づからの騎士叙勲を、その場で蹴ったのだから」
少年は慌てて訂正した。
「えっ……。……。わたくしは、どう反応すればよいのでしょうか……」
「『馬鹿ですねぇ』とでも軽く流してくれたらありがた…―くっ……」
ブチチチブリッリイィィブゥゥゥ……
「兎に角、御客様が規格外な人物であるということはよくわかりました。魔法使いである地点で世間一般でいえば大概ですのに、貴方はある意味、魔女や魔王、聖騎士以上に珍しい、といえるかもしれませんね。希少性でいえば、王族以上でしょう……。作り話ではないことは、この通り、嫌でも分かってしまうので……。それにしても、御客様……。怖いくらい、嘘をつきませんね……」
「大嘘をついてしまったからな……。騎士になりたいって、大嘘を。私は死ぬほど魔法使いになりたかったのさ。……。この辺りで止めにしておいていいだろうか……。みっともない話になるし、恐らく、友人にすら離せない話になる。彼女にしか、全部は話したことがない……」
「興味はありますが、わたくしには聞く資格は無いでしょう」
心を読める存在でありながら、その力に嫌悪を抱いていないということは、好奇心が強い人物ということで間違いないだろうが、それ以上に、色々、弁えた人であるらしい。だから、
「迷惑は散々かけてしまったが、な……。ここまで話しておいて済まないが……。……。…………。赦して頂ければ幸いだ……。修復に素材が必要なら、何とかして手に入れてくる。やったときに分かったが、私は恐らく、その素材を知っている。恐らく、同一のものだ」
そうやって少年は申し出た。が、
「構いませんよ。素材の入手は容易いですので。ただ、御客様。申し訳ありませんが、アトラクション鏡の迷宮へは、出禁、ということで、お願いいたします……。わたくし以外の者共が御客様に怯えてしまいまして……。それに、わたくしだけでは、御客様をサポートしきる自身が、もう、持てませんので……。人員の増強を考えております。終わり次第、解かせていただきますので、どうか」
あっさり、辞退された上に、頭を下げられる。扉越しだが頭を下げられていることは分かる。
「こちらこそ、申し訳なかった。だというのに、ここまでしてもらって、本当に、感謝する。……もう大丈夫だ。……。尻を拭くから、もう外で待っていてくれれば有難い」
「承知致しました。では、わたくしは、彼女様をお連れしておきます」
と、係員は消えた。




