デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク Ⅵ
再突入――アトラクション、鏡の迷宮。
彼女を後ろではなく、隣に立たせて。
かの影を、スカートの末端を、一つの面として影で常に覆うようにしてもらって。
先ほどの取り乱しもあり、方針はこう。
初心者向けのものにまず挑み、自分たちの適性と、そのアトラクションの難易度を測る。
遊覧に来ているのだから、そもそも、そんな風に戦略を立てるようなものでは無い筈ではあるが、残念なことに、少年も彼女も、長いこと、友というのに恵まれてこなかった。恋人だって、互いが互いに初めてな訳であるし。
「巨大だな……」
「迷宮というのも頷けるわね……」
それの目の前に立っている二人。
それは、左右の端が見えないくらいに広大であった。つまり、高さも同様、ということである。そして、壁面に触れられる距離に来てからは、中がどうしてか、透過するように見える。
透明な板の区切りによって、構成されている。
区切りとはいってもそれは、最早、聳え立つ壁である。上にも奥にも、左にも右にも果ては見えない訳で。まるで迷路である、というか迷路そのものである。ただし、先が透けて見える迷路。
「先客がいるようだな……」
「そうね……」
まばらにカップルの存在が見える。どれもこれも小さいが、それはきっと、それだけ遠くにいる、ということであり、そして、この迷路の広さの一端を示すものである。
「これで、初級、なんだよなぁ……?」
「そう、だと思うわ。否応なく、『初級ですよ』って空間が訴えてきてるし。……。ここ、苦手かも……わたし……」
「あぁ……。常に波状の魔力による走査が働いているようだな。かなり巧いこと制御されているようだが、それでも駄目か。ならば――」
スッ!
それは唐突に現れた。
淡い水色の、微かに陽光色に輝く、水色のローブ。丈は長く、鏡な地面に布地が垂れているが、擦り切れている様子は無い。やけに細く、長い。
まるですべての枝を枝打ちされた一本の木の幹のような。その頂付近に、顔の代わりであろう、仮面が付いている。白塗りの仮面ではあるが、木目の線が透け出ている。細長い二つの目。つり上がった笑いの口。それらは黒い空洞としてくりぬかれている。仮面の向こう側は見通せない。闇である。そもそも、ローブは、仮面部分を除いて、中心頂から掛けられて、地面に届いて余りある一枚の布のようである。
建物の鏡な壁面に反射し、現れた存在。少年と彼女は視認し、そんなすぐ傍に感知さえできず現れたそれに対して、異なる反応を見せた。
少年は特に驚きもしていない。振り返ろうとさえしないが、その表情は冷めている。
(転移では無い、な。なら、外から、か? となると、このアトラクションの担当の係員、と見るべきか。現れた地点からして)
彼女はびくっ、と反応し、振り返りざまに後ろ向きにつるんと滑って、後頭部を壁面へぶつけそうになったのを、少年は間に自身の身を挟み、優しく受け止めた。
「御客様。破壊は御止めください。成功したとて、傷を負います故」
抑揚の無い、無機質な低い、ノイズのような声。しかし、仮面の口は動いていない。
少年が想定していたよりも距離は離れていた。10メートル程度。と、やけに離れていた。
「ああ、すまない。どうせ魔法で製造しているのだから問題ないだろうと軽く考えてしまった」
「えっ? ライト、何しようとしたの?」
抱えたままの彼女がそう振り向き見上げ尋ねると、
「走査の波を乱すため、少々周りを砕いてみようかなと。どうせ再生するだろうが暫くの間は効果が見込めるだろうと」
「そういう問題では御座いません。ここが砕けた断片は、命を脅かす危険なので御座います。加えて、極めて緻密。想定されていない破壊による影響は私共にも想像できません。そもそも破壊が可能な存在自体が稀有故、興を削ぐだけになる警告は行いません。通常は」
「手間を掛けさせて済まななかった。緊急事態でも無い限りやらないようにする。因みに、砕くのではなく、斬るのは問題あるか?」
「砕くよりは危険性は下がりますが同じく御止めください」
「他にもルールや不文律があるのなら提示願えるだろうか」
「申し訳ありませんが過去の実例が多々あり、それらが実質的なルールとして存在しておりますが、そのどれもこれもが、稀な事象でありまして、文章にして渡すにも、私共が説明するにしても、現実的に無理で御座います。その上、一部には、所謂、ネタバレにあたる情報も多々含まれておりまして。私共が後ろを付いてゆく訳にもゆきませぬし」
「そうか、手間を掛けさせて申し訳ない。ありがとう」
「ありがとうございました。係員さん」
「好きなところからお入りください。外からはすり抜けては入れますので。リタイアの場合は、お二人が揃ってその意思を示して頂ければ。では、引き続きごゆるりと、お楽しみください」
そうしてそれは、最初から存在しなかったかのように、消えた。




