デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク Ⅲ
「うぅん……」
「平気、か? 平気ではないよな……。すまない……。君の許容に合わせることを忘れてしまっていた」
少年は、背に負った、グロッキーな様子の彼女にそう声を掛けた。
ターンを多用し、振り子のような動き。その繰り返しの都度の累積から成る、大きく弧を描く円運動。そんな、シンプルなダンスであったから、彼女もすぐ慣れ、楽しそうな表情に釣られて自身も更に舞い上がって、何故なら、こうやって、相手がいるなんてことが、無いことが常であったのが自身の人生であったのだから。
異性とか以前に、コンビを組む相手すらいなかった少年は、それを気にせず生きているようでいて、実のところ全然そんなことなかったのである。
それに付き合おうと振り回される結果に終わったのが彼女の訳で。
彼女が、ふらついて、それを支えた少年に、もう無理と零し、少年よりは周りを見ていた彼女が指差した先、踊りを休んで休憩している者たちがいる場所へと向かっている。
少年が意識して避けることなく、踊っている者たちが、少年の順路を空けてくれる。まるで空気に誰も彼もが酔ってるかのように踊っているように見えて、実のところ周りを見れている、没頭しきっていないのはどういうことなのだろうか、と、自身の直観に反する様相に少年は若干困惑する。
空気に呑まれている? それとも、狐につままれている?
そうやって、考え込みながら歩いていると、
「あっ!」
聞き覚えのある声が聞こえた。順路からは逸れている。その声の方を見た。
ブラウン少年だった。それとあの闘士、クァイ・クァンタ。
(確かにブラウンもクァイ・クァンタ女史も、ここに来る資格持ちではあるが、まさか、鉢合わせるとは)
取り敢えず、軽く手を振るに留め、休憩場所への順路に戻った。彼らも彼らで楽しみに来たのだから。
背中越しに安堵の溜め息が小さく聞こえたのを感じ、少年は、しくじらずに済んだことに安堵した。
(この調子だと、他にも知り合いと出くわすと考えておくべきだろう。意外な組み合わせを目にすることになるかもしれん)
少しばかり、下衆な楽しい考えが浮かんだ。
らしくない考え。しかし、それには呼び水があった。光景が変わる前。係員に連れ出された連中のこと――
「お客様困ります……」
と、困惑した係員に足止めされているカップル。カップル、なのだろう。列の中にいたのだから。
係員は、キンキンとした声の子供程度の大きさの、かわいらしい黒いお目目の、ぬいぐるみっぽさのある熊とネズミの耳が合体して混ざり合ったような明るい茶色のもふもふとしたパペットである上に、声を掛けたカップルの片割れ。その比較という構図に並べばどうしてもなってしまうが故に。
無駄な迫力がある。絶対敵いっこない強敵にどうしようもなくて、仕方なく突っかかったかのような様相になってしまっている。
カップルの片割れ側である男の方に。
そして。
比較という意味で。そのカップル同士の比較も大小差が物凄い。具体的には、こちらは犯罪発生前、というより、既に犯罪的な絵面。
係員の方とは男を挟んで反対側に立って、ぷいっと知らんぷりして、顔を背けているが、その男の側に立ち、微かに男の裾を掴んでいる、無愛想で無表情で、じとっとした目付きの、一見幼女に見違えるようなその人間種族っぽい女と、そんな女を避難することも恨めしく見ることもなく、わざとらしいくらい明るく、醜く、ゴブリン以上に醜悪に笑う、片肩と首がくっついてあがったままの、歪んだ顔の、髪の毛が残骸程度しかない、その癖無駄に肌艶の良い、背丈2メートルを小さく超える程度の実は人間種である大男は、
「ぐけけけ、おで、わるいことしだが?」
カタコトとかそういう訳ではなく、半ば呂律の回っていないような聞き取りにくい、低く怪物のような声で、けれどもゆっくりと、尋ねた。
「抑えていただかないと……」
係員がそう申し訳なさそうに言う。物怖じしているのではなく、そんな指摘をすることが心もとないという調子だな、と少年は見定め、何だか感心していた。
そんな少年の趣味、人間観察に、また始まったか、とあきれつつも、何だかんた、少年と同じ光景をそれなりに楽しんで野次馬として見ている訳で。
すると、ぼそり。幼女が音も無く跳ね、肩に乗って、男に耳打ちしたらしい。
すたっと幼女が肩からさっと降りて。
「い“い”のが、ざらん」
こくん。そう頷く。
背伸びし、舌をねじ入れるように、長く、深いキスをした。女の方から。
びっくりするくらい大人だった。艶やかだった。思わず目を奪われる。息をのむ。それでも、誰も劣情を抱いてなんていない。誰も彼もが目を奪われている。
少年も彼女たる青藍も同じく。
すぶっ、ぽたっ。ぽたっ。
「おさわがせしました。みなさん」
スズメのよいに可愛らしく、高く、幼い声だが、透き通るようによく響いて。
小さな幼女が、大人みたいに礼儀正しく頭を下げる。ならんで、ゴブリンのような大男も頭を下げる…妙に上品で、下劣さなんて微塵もない。
綺麗な姿勢の、見事なお辞儀。
そもそも、ゴブリンのような大男からは悪臭の類は一切なく、周囲には、ミントのすっとした香りが漂っているという始末。
係員に案内され、何処かへと消えてゆくそんなカップル。
美しくあろうはずがないものが、どうしてか違和感なくこの上なく美しく見えた、という珍しい心地に、周囲の一同が皆包まれたという、ちょっとした仰天体験であった。




