デート・クロス・デート・クローズド・サークル・レイク Ⅱ
それは、ある世界では、一般的に、遊園地と呼ばれる類のものである。
尤も、その世界以外では稀で奇異なものではある訳だが、何処であろうが長く存在することに成功した場合のそれらは、遊覧の場として若人からの一定の支持を抱え込んでいる。それも、世代を経て。親から子へ。まるで伝統のように、それは楽しい場なのだと許容する。
少年も彼女も、この手の遊覧の経験は継承無き第一世代であるのだが。果たして二人は――
ゲートを潜って入口付近。既に、カップルばかり。その殆どがローブを深く被り、パートナー同士、手を握っている。まるでそこでのお約束と言わんばかりに。
入口ゲートは行列になっている。
複数にレーンを分けて並列処理して、なだらかに入場させてゆけばいいのに、何故かそうせず、列はひたすら長大なものが、折りたたまれるように曲がりくねってただ一つ。
昼だというのに薄暗いのは、そこは、やたらめったら径の大きな樹冠をハリボテのように持つだけの、頂き以外には枝葉無き大樹の木陰に存在しているからだ。
少年は遥か頭上の日が弱く透過してきている樹幹、つまり数百メートル上の天井を見上げている。隣にいる彼女を放置して。
尤も手は握られている。彼女に握られている。最初の方は少年が飽きるのを待っていた彼女が、少年より先に待つことに飽きてしまい、声を掛けても、揺さっても、びくりともしない。体幹が違い過ぎるのだから仕方がないことではあるが。
だからか知らないが、彼女は遊び始めた。弄り始めた。少年のそのごつごつとした掌を。さわさわする。なぞる。爪を立ててみる。脈打つ血管に指先を当ててみる。熱と確かな触感に満足し、まるでおもちゃを手にした赤子がやるような。傍から見たらそれは間違いなく奇行の類である。
だが、周りは別に彼女のそんな痴態をまるで気に留めない。馬鹿にするように笑うことも、引き攣って距離を取ることもしない。
何せ、来ている連中の殆ど全てが魔法使い。
そんな遊園地。
だからこそ、多少の文化の違いや個人の多少濃い趣味趣向も、まあ、あるあるなのである。
騒音や異臭、火気や水分を周囲に撒き散らすでもないのなら、誰もわざわざ自分自身に水を差すことにもなる行為なんて、しないしない。
「何を……してる?」
だから。
そうやって声を掛けるとしたら誰か? 決まっている。掌の主である。
「……」
彼女こと、青藍は硬直した。すんすんと、少年の掌にうずめていた顔面を上げて声の主を見て。
「まあいい。見て分からないものはきっと、聞いても分かりはしないさ(さっき係員にしょっ引かれていった、濃厚なキスをおっぱじめた連中のように)」
カッコの中身を口にしない程度には少年も分別がつくようになっていた。
「お、列が進む。本当、牛歩の歩みだなこれは」
質問を流して無かったことにするのもお手のもの。気まずくなることが少なくなるようにという少年の努力はぎこちなくも結実を迎えている。
青藍はただ、少年の手を握り、顔をうつ伏せ、赤らめながら、少年の足取り(彼女に合わせて小さく刻むよう心得ている)についてゆく。
「先は見えず、頭上は見渡せるというのは何とも変な感じだと思うのだが」
少年はそうやって彼女に話を振る。
先ほどの埋め合わせといわんばかりに。
「中が見えてしまったら多分、すごく疲れるわよ」
彼女が冷めた表情で、気怠げにそう言った。
「?」
「楽しみで楽しみで、けれど、いつになっても入れないような気分にやがてなるからよ、きっと」
「演出でも時間稼ぎでもなく、配慮、ということか?」
「きっとそう」
「ここの巨木の笠の径は1キロメートルにも及ぶそうよ。だから、中はきっと見渡す限り広いわ。自分の足で立って歩いて一日で回ることなんて到底できない位に。想像してみて。その中で楽しそうに行き交う人たち。聞こえてくるアトラクションの話題。うずうずするわ、きっと。イライラして、そして、どうでもよくなるの」
と、彼女は少年に上手く語れた気分になり、どんどん口が回り始めるのだが、
「もしかしなくとも、苦手だったりするのか? 待つということが。必ずその時が来ると分かり切っているのに?」
肝心の少年の返しが、これである。
皮肉でも何でもなく、ただ単に興味から、そう口にしただけであると、彼女にはもう、心を読まずとも分かってしまう辺り、色々と酷い。
「信じられないのよ……。その絶対というのが、どうも、ね……」
「師匠が言うには、通過点に過ぎない、と考えるのが肝要、とのことだ。……。元・師匠だ。今の師匠ではなくて。少なくとも私はそうするようにしてからは、待つというのが、気楽になった。気の持ちようの問題なのだと、一度分かれば他愛無いものに変わる」
「じゃあさ、ライト。今、何考えてる?」
「うぅん、そうだなぁ……(不味い……。何を指しているかまるでわからない……)。ええと……、多分……、ん? 景色が…―」
白く包まれた視界。周囲の話し声も丸々消えて。
視界が開ければ、彼女が眩しそうに目を瞑って、会話中放していた自分の手をまたぎゅうっと握っていた。
妙に騒がしい。
声、だけではない。
うねるような、足音の群れだ。軍勢のように規律正しくはないが、ある程度の方向性を持って、合わせようとする意図が足音たちから感じられる。
ぼやけた輪郭が、はっきとした線に変わってゆく。
「……。誰も彼もが、踊っている?」
そこは、うねった長い長い列の中ではない。
場は変わっていない。
人の配置が悉く変わっているという様相。
踊っているのは、魔法使いたちである。誰も彼もがカップルで。視界に収まる範囲、その場でぐるっと、見渡す限りは、例外は無い。
改めて隣を見ると、ナニコレ? と目が点になっている彼女がいた。手は変わらず握ったままで。
「私たちも踊ってみない、か?」
「えっ? でも……」
「見様見真似でも構わないんじゃないか? ほら。あれ。相方の足踏んだぞ。当然の如く小突かれている。ふふ。はは。何とかなるさ。考え込むのが馬鹿らしくなってきたし、列での待機に丁度体が嫌にこわばってたもので。青藍。私の我が儘に付き合ってくれないか?」
「ええ」
彼女はこわばりの取れた自然な笑顔でそれに応じた。
(気遣いのつもりでもなくて、本心からこんなことを言えてしまう貴方が、眩しくて――笑えない、笑い方を知らない筈のわたしが、今、笑えているのだわ)