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魔法の家の落ちこぼれが、聖騎士叙勲を蹴ってまで、奇蹟を以て破滅の運命から誰かを救える魔法使いになろうとする話  作者: 鯣 肴
第二章 第三節 異質な世界の普通の日常

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死なない世界の修行の仕方 Ⅶ

 トタトタトタ――


(ああ……。痛い……。頭が……。思い……。私がこんなにも手を回したんだ。上手くいってくれよぉ……。うっ……。二日酔いだなぁ、これは……。()()()でもないのに、私ともあろう者が……)


 廊下を歩き、途中で吹き上げてくるものを堪えながら、壁に手をつく、学園長。


 もうすっかり朝である。


 当然、目的は、昨日の仕込みの成就を確認する為。


 そして――部屋の入口の前。


 鍵は、と、空間に手を突っ込み、中をまさぐり、取り出した。


「……。あれっ……?」


 鍵、ではなかった。


 それは、酔い覚ましに特化した、それ用の小さなポーション瓶である。黄金色のそれは、中身すべて口に注ぎ込んでも、一口分程度となっており、当人が飲める状態でなくとも、介助する者が口移しで与えることも可能という品であり、それと、そんなポーションの使い方を走り書いた上で、青藍せいらんの背中を押したいのか、好々爺気味な文言で締めくくられたメモ紙片が昨日用意した段階のままの、瓶の首に括りついたままであった。


「……。まあ、同じ部屋には放り込んだんだ……」


 と、自身の不備から目を逸らしつつ、一応使うことになりそうな可能性も考えて、仕舞わす、出したままにして、床に放置した。


 改めて。空間に手を突っ込み、中をまさぐり、取り出した。


 鈍い銀色な金属光沢のある、丸い輪の頭から、枝の数の多い小枝が生えたような意匠のそれを、鍵穴に嵌めこみ、回し、開けた。


 カチャッ。


 すると――


 覆い隠すものがないベッドの上。青白い顔をして、上体を半分ほど起こしていた少年が、その顔を、こちらへ向けていた。


 その胸というか、腹の上には、その身だけではなく唯一着ている上下の白い下着を吐瀉と酒のシミで汚し、何かを成し遂げた顔をして、口から、未だ透明な酒色の滝を小さく流しながら、少年の腰の後ろに両手をしっかり回して、抱き枕にがっしり抱き着いているかのように、意識を失っている、そんな横顔が微かに伺えた。


 少年の額から冷や汗が流れ始め、学園長を見ている。その目は訴えている。わたしは、どうすれば、いい、のですか……と。そんな助けを求める無力な声なき声が聞こえてきそうな位に。


「……。どうしてお前が酔いつぶれているのだよ、弟子よ……」


 と、残念でかわいそうなものを見るような憐みの目を向けて、そんなことを言い、そしてまた、喉からこみ上げてくる吐き気を押さえ、耐え、気分悪そうな顔になった。


 当然の如く、学園長は、ある意味それ以上にどうしようもない少年のことは無視した。


 スタスタスタと歩いていって、絨毯の上に落ちているタオルケットを拾い上げ、その中に、手にしていた小瓶をくるむ。かの悪趣味な置時計も拾い上げ、くるむ。そして、ベッドの傍まで歩いてゆき、脱ぎ捨てられたこれまた吐瀉物で汚れたネグリジェを拾い上げるが、それはくるまない。


 そして。空間に手を突っ込み、一枚の紙片を取り出す。それは、タオルケットの中にくるむ。


 スタスタスタ。


 と、ベッドの前に立つ。


 そして、色々くるんだタオルケットを少年の左手に握らせる。


 そして、青藍せいらんのネグリジェを、少年の右手に握らせる。


 少年の目には困惑が浮かんだ。


 少年が何か言おうとしたが、それは音にならない。学園長が、そういう風に魔法を使った。


 少年はだから立ち上がろうとして、けれども、ぴくりと動くことすら結局しなかった。腹から腰にかかえて、自身を抱き枕にしている、何故か酒と吐瀉の臭いを纏い、発する、どうしてか下着姿の青藍せいらんの存在を意識して。


 学園長は、背中に刺さる少年の視線を無視して、途中、また、吐きそうになって、耐えて、そして、部屋をあとにした。






 数日後。


 学園長室。


 少年と、そのすぐ隣の青藍せいらん


 二人がそうやって並んでいること。それは事態の解決の証拠だった。尤も、関係が進んだかというと、少年に掛かっている性的無垢という名の呪いがひどすぎるし、それは雪解けの気配を未だ見せていないのだから、まあ……。


(まあ、弟子の調子は元に戻った訳であるし、少年にくっつきっ放しの状態に戻った。通い妻始めたみたいだし。だが、弟子よ……。お前それで満足なのかい……?)


 鼻歌交じりに機嫌のよい青藍せいらんと、まあ、憂いは顔からとれているが、それでも何か思うところはあるらしい少年。


(まあ、悪くはないだろう。先は未だ長そうだけどねぇ)

 

「学園長。それで、わたしたちに用というのは?」


「これだよ」


 ピラッ。


 提示されたのは、2()()のチケット。


「っ!」


 青藍せいらんの目が輝いた。


「?」


 少年はそれが何だか知らない。


「この間の詫びだよ。ほら。君たちに、いや、君に、あげよう」


 少年の方にそれらを差し出した。


 少年はそれを受け取る。


 森の中の湖。その水の中に、頭に大きな泡を纏った男女がペアで映っている。飛び込んだ直後のようである。その先に、何やら、奇妙なものが見える。


 どれもこれも、チケットの絵に過ぎないから小さいが、その中では比較的大きく描かれている、ひときわ大きく多くの人々が乗った乗り物が、やたら高低差と上り下りのあるコースを結構な勢いで疾走している様子が目につく。


「何なのですか? これ? あの日みたいに何も説明しないのは勘弁願いたいのですが……」


「私にではなく、隣のよく知ってそうなのに訊ねればいいじゃあないか」


 そう、悪戯心を前面に押し出すように、にんまりと笑ってくる。


 腹立たしさを少年は抱きつつも、まあ、こうやって、何か元の関係に戻れた原因にもなった訳だし、と我慢し飲み込んだ。


「レイク・ウォーター・パラダイムのペアチケットよ、これ! 知らないの! ライト!」


「知らないよ……」


 知ってる訳無ぇだろ! って、叫びたい気分だったが、そんな水差すようなことをよりにもよって青藍せいらんに対してできるタチではない少年は、とても情けなく、そう言った。


「でもこれ、どうして2枚なのかしら?」


「どういうことだ……?」


 少年は青藍せいらんに尋ねる。


「1枚でお二人様まで。ペアチケットだし」


「どういうことですか? 未だ、酔いが残っているのですか? 学園長!」


 と少年が学園長に尋ねると、


「ああもう面倒臭い。元はといえば、君がしくじったせいだろう! そう私のせいにしてくれるな! 酔いなんて、とうに消え失せとるわ! 期限今日までだから、もう一枚は誰か手近な奴に売りつけるでもして捌け!」


 と、学園長は、少年と青藍せいらんの足元に空間を展開し、そのまま、学園調室の扉の外に放りだした。

死なない世界の修行の仕方 FINISH

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他にも色々描いてます。
長編から連載中のものを1つ、
完結済のものを2つピックアップしましたので、
作風合いそうならどうぞ。

【連載中】綺眼少女コレクトル ~左目を潰され、魔物の眼を嵌められて魔法が使えるようになったエルフの少女が成り上がる話~

【完結済】"せいすい"って、なあに?

【完結済】てさぐりあるき
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