死なない世界の修行の仕方 Ⅳ
「おいおい……。どうなっている……」
キィィィンン、スパッ! プシャァアアアアア!
女子供であろうが、かかってきた以上は躊躇しない少年は、喚んだ魔法の剣で飛ばした斬撃で、最後の一人を両断したところだった。
「敷かれた死闘の場でもない街中だぞ……。酔っぱらってるでもなく、真昼間から。分かっているのか?」
姿を見せていないが、機を伺っている、まだ、数十もの気配が存在していたために、そう、不満そうに、少年は声をあげた。百人斬りなんてものでは済まない、血肉敷かれた地面の上に立って。
返答はない。
しかし、こちらへ向けられる気配から鋭さに陰りが見られたので、効果はあったのだと少年は判断する。
(また、誰かが景品出したのか? しかし……。わたしはそう弱くはないし、相手にするには割に合わない相手だと思うがなぁ……)
「……。約束の時間が、過ぎている……」
少年はそそくさと、加速し、壁を蹴って跳躍し、跳ねるように、残っていた面倒事の可能性を振り切って、駆け抜けていった。
学園郊外の、城塞都市とその近郊の各種防衛施設の残骸のような地形が数多く残っている丘陵地帯の始まりの地点である頂部分であり、下り坂の始まる地点の前。遅れて到着した少年を見て、
「あっ、ライト君! ……。その返り血、どうしたの……?」
ブラウン少年は驚いた様子を見せる。
「街中で襲われた。その数、百をゆうに超えていた。何か、知らないか……?」
丘の下には誰もいないようだった。気配の一つすらない。それもあって、そう尋ねた訳ではあったが、
「知らないかなぁ……。襲ってきた人たちの質はどうだったの?」
「雑魚ばかりだった。魔法無し、業未満の剣捌きだけで切り伏せてやったよ。向かってきたやつらは、だが」
「う~ん……。本気で狙いにこれる強さの人が紛れてたなら、誰かが賞金掛けたとかありそうだったけど、何だか違いそう。でも、何もないっていうこともなさそうだよね……」
何やら、思い返しているようなブラウン少年ではあったが、そこに悪意や隠し事の意図は無さそうだったので、少年はそこをつっつくことはしなかった。
「そうか。……。すまないな……。遅れてしまって……」
と、謝罪によって、話を終わりにした。
「いいよいいよ。じゃ、やろっか」
「ああ」
と、二人は、背を向けて、離れて、丘を下り、走り出す。
スタタタタタタ――
少年は、崩れた建物と建物の間を走り抜けながら考えていた。
(そういえば、開始の合図決めてなかったな……。どうしよう……)
らしくない抜けである。
いきなり襲い掛かられて、その理由も分からなくて、ひょっとしたら、第二波、第三波と、続きがあるかもしれない。
そんな不満が、苛立ちが、少年を妨げていた訳で、
「いくよぉおおおおおおお!」
と、大きな声が響いてきた。
グラララララララ――
「アース・グレイブ」
足元から聳えたってきた岩の槍なそれを、避けた。
避けた先から、また生えてきて、避けて、また跳んだ先に、生えてきたのを、避けて、また生えてきたのを掴んで、折って、手にしたそれで、足が止まったところに、更に乱れ撃ちで生えてくるそれらを、薙ぎ払い薙ぎ払い、薙ぎ払い、周囲の建物の壁を蹴…―
崩れ、壁の向こう側へ倒れ、
(やるなぁ……)
先ほどの乱れ撃ちよりも遥かにエグい、建物内部の地面、天井、周囲の壁、という全方位からの無数の岩の槍による串刺しを、
(さて。やるか)
召喚した全身鎧。召喚した魔法の剣。抜いたもう一本の剣。
目にもとまらぬ速さで、剣戟の結界を張り、それを拡張するように、全方位に向けて斬撃を飛ばしまくり、建物ごと粉みじんにし、打ち上がるかのように、飛び出した。
周囲の建物よりも遥か上空。遥か下の砂煙。
その中から、上へと打ちあがるように跳んでくる、無数の岩の槍の穂先を、下方向への二刀の衝撃波で、こちらへと届かせないようにしながら、重力による落下に逆らい、滞空し続け、
探す。
建物の間と間を。
探す。
魔法の発動の痕跡を。未だ仕掛けられているだろう、罠のように置いたであろう魔法の可能性を考えて。
探す。
そのどれでもなかった。
走り回っている。
あれだけのもやしっ子だったブラウン少年が、魔法による強化など無しに、異常な健脚と、息切れの気配の無い、爽やかな表情と余裕のある笑顔を、少年の方へと向けてきていた。
「ふっ、はははは。行くぞ! ブラウン少年」
「†宣誓:斬撃†」「†宣誓:一撃必殺†」「†宣誓:一刀両断」
少年は魔法の剣を、遥か下方のブラウン少年へ向けて、一振りしただけ。
振り終えた刹那。走る続けるブラウン少年のすぐ前方に、建物ごと、周囲の地面が、斬り落とされるように、分断された。
大きく砂埃と、崩壊の音をたてながら。
たちあがった煙でその光景が見えなくなる寸前、横方向直角に跳んで、そのまま進んでいたら待っていただろう未来を見事に避けきっているのを、少年は捉えていた。
「ふふ。むぅっ?」
糸のような、灰色の、なにか。
少年の両手両足を、それは、絡みつくように、まとわりついている。
それが、鉱物の類を、魔法で紡いだ糸、であることを少年は知らない。そんなものがあるなんて、知識として保持していなければ、対応のしようもない。教えられでもしなければ、気付ける類のものでもない。
引っ張られる。
当然、下へと。
凧あげの凧にするには、少年の身体は重みを持ち過ぎている。
バランスを崩したために、素振りによる滞空時間の延長もできない。
(なら、ば……!)
「『ライトニング・ボルテッカー』」
無詠唱で放ったそれ。
自慢の最大最強火力たる、ライトニングボルトの、現実的な使い方として考えついた、試案の一つ。
その効果は、電撃を纏い、放ち続けること。
が、しかし。
不発。
微塵の出力も叶わない。
少年の、雷の属性部分が、致命的に、相性が悪かった。鉱物の類を、魔法で紡いだその糸と。
そのまま、叩きつけられる。
ドゴォオオンンンンン!
受け身姿勢なんてとれようもない上、建物数階分の高さからの落下。
魔法の鎧による防護ありきでも、中身の少年は、砕け、潰れ、再起不能ではないが、それに限りなく近く、ズタボロになった。
「げほっ。げほっ……」
と、数回咽せ、血反吐交じりに、せき込む間に、
「僕の、勝ちだね! ライト君!」
少年へ馬乗りになって、その顔面に、岩の柱のような拳をほんの少し浮かべて生成し、いつでも落とせるようにした状態で、そう、嬉しそうに少年に尋ねた。
やろうと思えば、まだまだやれるし、トドメを刺してこそ決着なものではあるが、その無邪気さに、少年からは、悪辣さも毒気も、抜けきって、
「……。あぁ。完敗だよ」
少年は、言葉に出した通り、素直にそう思っていた。




