死なない世界の修行の仕方 Ⅱ
なだらなか下り坂のような丘陵地帯が続く、学園郊外ではあるが、学園の城壁の内側である。
そこは、まるで、昔の城塞都市とその近郊の各種防衛施設の残骸のような地形が数多く残っている。
どこまでも晴れわたっていて、ぼうぼうと生い茂った芝生は、芝生という域を超え、背の低い者であれば、真っすぐ立っていたとしてもその背丈が埋もれる程。
当然これは、再現され、再生され、維持され続けている地形である。
あの噴水の先の、隔離空間に色々な場面や地形の日替わりが提供されるといった趣とは、ここは真逆。常に同じ地形が、同じシチュエーションで提供されている。
違いといえば、そこにその日そのとき踏み入ってる面子や、その日のうちにその地形が受けた変化、である。
要するにここは、下調べや準備を前提とした死闘の場な訳である。
少年がその領域へと踏みいってきた時点で、既にいた面子のぴりつきが、少年に伝わってきたので、少年は大きな声で、叫ぶように伝えたのだ。
『下見に来ただけだ。もし、わたしとやり合いたいと名乗りを挙げる者がいたら、その限りではないぞ』と。
すると、二つの気配が少年に迫ってきて、少年が構えようとすると、ブラウン少年と、女傑だった訳で、少年は空気を読んで、煽り、釣るための口上を口にして、あわよくば闘いを楽しもうという目論見を捨て去った。
ブラウン少年が『ライト君。やっと来てくれたんだね!』と尻尾を振ってきたところから、このままでは隣の女性を放置しそうな未来になるのを容易く予想できたため、後日別の日での、二人での観戦の約束を取り付け、手を振って、『今日はここの地形を頭に入れると決めているんだ。かなり細かく頭に入れるつもりでいる。隣に誰か居られたら、気が散る』と。
日が落ちた頃、少年は学園郊外の古い城塞都市の廃墟を後にする。とっくにブラウン少年と女傑はいなくなっている。声はかけられなかったので、いついなくなったかは分からずである。
それどころか、他の生徒たちも結構前にいなくなっていた。具体的には夕焼け掛かった頃に。
(……。今日こそは……)
足が棒のように動かない重さを抱いているようだったのは、疲れ知らずのその体からして、気分の問題である。
(青藍……)
夜であれば、彼女は学園長のところに間違いなく居る。会いに行けば拒まれることはないと分かっている。それでも、どうしてこんなにも――彼女のところまでが、遥か遠くに感じるのだろう、と。
牛歩のような歩みで、帰ってゆく少年。
その頭の中は迷いの具現。花占いでもするかのように、女々しく、繰り返し続ける。
(話をしたい。したくない。したい。したくない。したい。したくない。――)
そうしてその日も少年は、彼女のところへ、結局行くことは無かったのである。何せ、少年のケツを蹴ってくれるあの世話焼きな師匠の不在は続いているのだから。
少年の頭の中は、どんより曇り模様。
いい加減に何とかしたい、と思っていても、自身のうじうじに勝てない。
自身のその変な及び腰はきっと生まれついた気質のようなものであるのだと、騎士叙勲を蹴るまでの紆余曲折からしても明らかであった。
人に相談するようなことでもない。相談してどうにかなることではない。自分の問題であり、どう転ぶかは自分次第。
と、少年は致命的に、間違っている。
一人で考え込み過ぎている。
どこが、というと、自分の問題と、自己完結して見てばかりであることが。
「今の、見えた?」
「全然」
かしましいお喋りのような甘ったるい声とやりとりであるが、見ているものがものであるだけに、結構な違和感がある。
それは観客の声である。
行われているのは殺し合い。
少年はそこに存在する二人の選手のうちの一人。
逃げ場のないような、リングの上。
足元天井含めて、教室一つ分くらいの広さ、八方を半透明な正方形で覆われた、宙に浮かんだ、全方向から観戦が可能な立方体の舞台である。
たった今、肉体を岩のような硬化魔法に加え、ローブを金属光沢を放つ程カチカチでガチガチで重々しく幾重に纏っていた、自身満々そうに、備えてやった、準備してやった、とドヤ顔をして胸を張っていた、飴玉のような顔をしたがっちりとした女の魔法使いを、一瞬の交差で、細切れになるよう斬撃を何度も与え、交差終えたところで、その魔法使いが細切れに崩れてゆく、という、圧倒を披露していたところだった。
そんな舞台の境界の外すぐに、治癒教師の一人が浮遊を保ちながら、最初からついている。勢い余って一瞬で灰にしてしまったとしても、治癒教師が、あっさり蘇生してしまうから、普段よりも更に安心で、手加減無用、という。
(苛立ちが留まるところを知らない……。どうしてだ……。どうしてこんなにも、自暴自棄になりたくなるのだ……)
周囲からの称賛の歓声を浴びつつも、勝ち誇る演技すらやるつもりになれない少年。
やがてブーイングが飛び始めると、
「黙れぇええええええええ!」
領域の壁によって反響し、少年は自身の耳にかえってきた衝撃に悶絶する羽目になった。何とも情けない。何ともやるせない。
事情を知るものをが見れば、なんと滑稽な独り相撲だこと、と評されるに違いない。




