新たなる師、新たなる世界への旅路 Ⅲ
少年は、台車の上で立ち上がり、馬上の男の首を、掴み、ねじり上げていた。それでも男は、冷静な表情で、苦しそうにすらせず、口を動かす。
「アレは不器用そうだった。もっと下手なやり方しかできなかっただろう。聞きたいか? ああ。やめとけ。碌でもないから。だが本来、ケジメってそういうもんだ」
はっとした表情の後、少年は手を放した。
男は、器用に、足を開いて、馬の背に着地して、元の通りだった。
「……」
膝をついた少年の方が寧ろ苦しそうな表情をしているという有様。
男は、首だけ少年の方に向けて、諭すように言った。
「せめて、迷惑を掛けたくない相手に迷惑を掛けないくらいには分別つけようぜ。もし俺が、クズだったらどうするつもりだった? お前は学園にまだ辿り付けた訳じゃあない。お前が選んで、可能性を繋いだ夢は、そんな愚かさで台無しにしてしまってもいいものなのか? お前がここまでくるまでにあれだけ捧げたあいつの行為がここまできて無意味になるなんてこと、お前はそんなこと受け入れられるか?」
「ぁ……、あぁ……。私は……」
「……。まぁ、昨日は本当に色々あり過ぎた。落ち着いてなんて、いられはしないだろう。騎士叙勲されるような奴が、感情的になるな、なんて酷だってことは分かる。だが、」
空気が、変わる。
「やれ。そんな顛末、俺が、赦さない」
鋭く、貫かれるような、目線。怒りなんて単純ではない、圧と想いのある、目だった。
「……」
「黙ってばっかりだな。それは、忍耐じゃあない。ただの逃げだ。口に出さないと、いつまでも燻ぶったままだぞ。その苦みは」
「……」
「じゃあ、喋らせるとしよう。お前を」
「何なりと……」
「お前、魔法使えなかったって、本当か? あのときまで一度たりとも魔法の発動に成功したことが無かったってのは?」
「本当です……」
「【心声】で詠唱したのはどうしてだ? 知識では知っていたか? そうは見えなかった。あれは本当に腑に落ちない」
「声なき声……。そう、いうそうです……」
「っ! 誰から聞いた?」
「亡き母から。魔法に関わる用語であったことは微塵も知りませんでしたが……」
「そう、か。補足すると、あれは、正騎士が唱える、声でない、音。各々に特定の固有の文言。それと同じもんだ」
「師匠が……、元・師匠が……、唱えたのを、……、耳にしたことが、ありました……」
見た、とは言えなかった。見せてもらったのではないのだ。あれは、正騎士の秘伝の一つ。見て、やり方を把握した、だなんて、口に出すのは憚られた。
「成程。土台はあったってことか。それでもやはり、あれが、初めての魔法の発動だっていうのが、どうも、おかしく思えてならない」
「奇蹟、です。多分……」
「違う。仮説はあるんだ。お前の身体。治す際に、気づいた。実は、治っていないところがある。普通の人間にも、魔法使いにも、騎士にも、無いものが、お前の身体の中にあった、とある構造。それが恐らく、お前が魔法を使えなかった原因、と俺は見ている。先ほどお前に渡したカプセルの断片。アレと同じ構造が、お前の全身に、樹木の枝々のように、根を張っていた。透明で、身体を動かすのを阻害せず、壊れず存在したそれは、あの日、お前が二度の雷を受けたことで、罅割れた」
「……?」
「呪いか何か、とも思ったが、どうやら違う。呪いっていうのは、そんな簡単に役割を放棄したりはしない。多分、お前の身体に誰かが植え付けたとか、そういうんじゃあなくて、元から、お前の身体にそういう器官というか構造があったんだ。役割も分からねぇ、ナニカ。閉じていれば、魔力を密封する。そういう役割があることだけは分かった。だって結局、お前は魔法を使えたんだし、」
「……っ! ……。そんな……」
(自分の望みを妨げていた、自分自身。そんな馬鹿なこと、あるか……)
「そいつは、お前の初めての魔法がデタラメなモノになった原因の一つでもあると俺は見ている」




