霊樹様お焚き上げ Ⅱ
「ええと。確か、君の名は。沙羅、というのだったかな?」
学園長が、薄赤髪の少女に尋ねると、こくん、と頷いた。
「君は何か憶えているのかな?」
薄赤髪の少女はぶんぶん、と頭を横に振った。
「ふぅ。消えたようだね。君の役割は。成程成程。大体わかったよ。君に課されたのは、善き友人としての立場だろう。今は、ね。将来は分からない。けれども、きっと、自由度は高いし、君の意思にも大きく左右されるだろう。つまり、君は自由の身だ。おめでとう」
パチパチパチと、学園長はそう、拍手しながら、一人で勝手に合点している様子。
それを見て戸惑いを浮かべる薄赤髪の少女に、学園長は優しく言った。
「一先ずは、わたしが君の面倒を見てあげることとしよう。代わりに。あの子らと仲良くやって欲しい」
と、少年と青藍の二人を指差す。
このひんやりした場所で、少年へと、自身のローブを取って、貸そうとして、それを遠慮して、で、どうぞ、いいや、どうぞ、の無限押し問答を繰り返す、青藍。
「やっぱり、恋人ですよねぇ」
と、おっとりとした声でいながら、目を輝かせながら、年頃の女の子らしい気分の盛り上がり方をさせる沙羅に、
「残念ながら、少年の側の情緒生成が間に合っていないんだ。まっ、時間の問題だろうがね」
そう、微笑ましそうに説明した。
「少年。青藍と一緒に、先に帰っておいておくれ。あと、私を待つ客がいるかもしれないが、相手をする必要はないよ。もし食らいついてくるようであれば、こう伝えてくれるといい。『契約は破らないよ。約束とは違うのだから。少しくらい忍耐を覚えないと、願いが叶ったとて、そのうち愛想をつかされるよ』と」
何か意味深だし、問いただしたくもあった少年だが、青藍に袖引かれたので、素直に帰っていった。
そんな二人の姿が見えなくなるまで学園長が手を振って。そして。
「さて。誤魔化してあげたよ。それでだけれども。本当に厄介な役割を任されたね。知識も力も血肉も与えてやるから、当て馬になれ、だなんてねぇ」
「まあ。破ろうと思えば多分破れるでしょうし、寧ろそれを望まれてるような節もありますよ?」
「まあ、彼は良い男であるには違いないからねぇ。弟子の執着に勝てる自信があるなら本気でやってみるといいよ。そうでないなら、悪いことはいわないから、やめておきたまえ。馬同士でもさ、蹴られたならば、当たりどころが悪ければ死ぬんだよ? ま、一応忠告はした訳だけれども、好きにすればいいさ。結局は君次第なのだからね」
と、微笑ましく学園長は好き放題言う。
「どうしようか考えるところから。まず、そこから始めるつもりです」
迷いも言いよどみもなく、沙羅はそう言ってのけた。憂いの無い、晴れやかな表情で。
(きっと、それくらいの速度が、丁度いい)
もう、憂いを抱えて、怯える必要なんてどこにもない。彼女自身を縛るものは、もはや、無いも同然なのだから。
霊樹様お焚き上げ FINISH
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