霊樹様お焚き上げ Ⅰ
「本当に、いいんだね?」
「構わぬよ。帰りたいのだよ、儂らは」
「総意だっていうのかい?」
「勿論。腐っても何とやら。三つ子の魂何とやら。兎も角。そこだけは変わらぬのだよ。発生したと同時に儂らはきっと、詰んでおった、そういうことなのだろう。儂らは、な」
「そうかい。呼び止めて悪かったよ。じゃ、やろうか」
学園の外縁に存在する街の一つ。大量の墓石が並ぶ広大で冷え切った、日の薄く差す、丘のような荒野。
その中央に存在する一本の、年季の入った、塔。その頂。
ボゥゥオゥウウウウウウウウウウ――
等身大の火柱が三本。
従属神二柱と、主神一柱と、それによって召喚された従属神二柱。
樹木を芯とした肉体を持っていた彼らは、安堵の表情を浮かべながら、燃えてゆく。偽装の肌は焼け落ちながら、樹皮の姿に還り、焼け、煙に変わってゆく。
意識霧散し、煙と成り、立ち上る。薄れる意識。到達は事実、味わえぬ。それでも、どうか、届くという願いを抱かせるには足りて欲しいものだ。
見送る者は僅か三人。
少年と少女と、学園長。
どうしてそこに居合わせているのか分からない少年は思う。
(何故このようなものを見せる……? よりにもよって、彼女と一緒に……)
彼らの選んだ顛末に思うところのある少女は思う。
(こう、なりたかったのでしょうね。滅ぼして、ほしかった。引導を、渡して、ほしかった。自分を終わらせられないということは、焼かれながら苦悶し、生き続けているようなものだから。貴方と出逢えていなかったら、今も私は……)
少女は、隣の少年を見上げる。手を伸ばしそうになる。裾を掴むように――ならない。ぴくりと止まって、すすす、と引っ込む。
(私なんかより、貴方の方が今、ずっとずっと…―)
「……。少女よ。お前は間違っておらぬ。そのまま進むがよい。横道に逸れるも長い道のりを歩いた後で振り返るなら善き想い出となろう」
「……」
「礼だ。褒美、とでも言った方がよかったか?」
少女は首をゆっくりと横に振る。
「だろうな。要約するならば、儂から言えるのは、唯一言。正道を歩め。さすれば…―」
時間切れである。ひときわ大きな煙を放ち、燃え、尽きた。
そうして、歪んだ想像の存在である彼らを存在しない故郷、もとい、無に還す儀式を終えた筈だったが、
「おや。これはこれは」
学園長はそう、想定外の結果に喜びの声をあげる。
晴れてゆく煙の中に、浮かぶシルエット。
「あれ……? あれえ……?」
聞き覚えのある、おっとりとした声に、少年も少女も、まさか、と思う。
「あれれぇぇ……?」
煙のヴェールが消え、薄赤髪の少女が、そばかすと、肩に掛かる程度に長くもささくれた薄赤い髪を持つ、エメラルド色の瞳はそのままに。のほんとした穏やかな声で、戸惑いを浮かべながら、恵体といってさしつかえない、豊満な体になって、そんな体を剥き出しにして、顕現していた。精霊であると自己申告していた、あの少女は、女の子座りで、その地に座り込んでいた。
はっ、と我にかえったその場にたちあっている少女である青藍は、急いで少年の両の眼を覆うとすると、既に少年は、背を向けて、腕組みしていた。
回り込んで少年が目を瞑っていて、そして、そこから目線を降ろしていって、そして、青藍は
「はぁ……」
と、安堵の溜め息を漏らした。
「済まないが、私のローブを剥いで、彼女に与えてやってほしい」
と、少年はその溜め息の方に、目を瞑ったままお願いした。
薄赤髪の少女がローブを羽織終えて。青藍が、
「もういいわよ」
と、声を掛け、少年は目を開き、振り返った。
少年が巨躯であるが故に、はみ出させることなく、覆うことができている。それでも、跳ねたり激しく動いたらはちきれるように露わになることは間違いなさそうな程度には、布に余裕は無かった。
薄赤髪の少女は頬を赤らめながら、少年にお礼と、頭を下げた。
そして。
「何故か、彼女だけが残存した訳だが。これは一体どういうことだろうか。もしや、彼らからの、君へのお礼なのかもしれないねぇ、少年」
「娘を差し出す。妹を差し出す。古典的な礼の方法といえますが、彼らはあれでも霊的かつ魔王の域の存在。礼だというのなら、言葉にしない筈はないでしょう。それに、私の未熟を見据えていないとも思えない。礼として現状、役をなさないでしょう?」
変なところで、冷静。まるで他人事のような俯瞰視。
「ほぅ。自身の問題に気づいたようだね。早いとこ何とかしたまえよ、本当に」
と、微笑を互いに浮かべるという、謎に大人っぽい雰囲気の言い回しで遣り取りするのだった。




