魔女と魔王 Ⅳ
沙羅双樹の端末の一体と、青藍は対峙している。
中でも力を多く持つ一体であったが、虚空を裂いて学生街の建物の屋根の上に現れた青藍に対して、虎の子である従属の二体の劣化端末を躊躇わず召喚したというのに、ほんの一秒すら稼げなかった。
「決めるのはボクだよ? キミじゃあない。キミが選べるのは、答えるか、答えないかだけ。本体の居場所は何処かな?」
「言うものか」
「あっそ」
塵になった。
肩に掛かって、こちらの魔力を削ろうとするそれらを、煩わしそうに払い落した。光のない目をして。
青藍は、スッ、と消えた。
小川の流れる、星空の下の静かな森の外の草原。青藍の、自身の領域。
忍び込んできていた、沙羅双樹の端末たち数体と、青藍は対峙している。
醜く怒りを剥き出しな表情をした、ひょろ長い、ひょうきんな顔をした、ほっぺの膨らんで、鼻のデカく、三白眼の男のような誰か。
恐怖を浮かべすくみつつも、ふわっとした雰囲気と共にジャスミンの香りを漂わせる薄赤髪の女のような誰か。
そんな二人に数歩後ろで、陣営を構築している、ローブを深く被っていて顔の伺えない数十人。
ほんの数分前までは、桁が二つも減っていた。
「何もできないくせに、ボクに酷いことをした。半端な半端な嫌がらせをした。だからボクも邪魔してやるのさ。君たちの思う通りから、限りなく――遠ざけてやるよ」
と、虚ろな声で、一方的に告げて、青藍は距離を詰め――交差――彼らのうち前に出ていた二人の間を通り過ぎて――見えない何かに、蜂の巣にされるように、立ったまま、倒れることすらできぬ間に、朽ちてゆく。余波でも生じたかのように、二人に近かった方から、ローブの数十人も、同じように朽ちてゆく。
そんな余波が止まって――構える、まだ残る十数人。一直線に並んで、青藍に真っすぐ対峙するように――
「それはどうでしょうね? 私は数多を知っている」
誰に話しているのか?
「見ている。過去になんてならない。ずっと、ずっと、ずっと」
彼らのうちの誰が話しているかもわからないまま、意味の通じないことを言われ、
「過去になんてする訳にはいかない。信奉は、永遠。見出し、看取った。だからこそ。貴方方は見誤ったのです」
闇が反転し、青藍の背後から、後光のように錯覚する、何か。
陽気の熱線に。掠っただけの灰に熱を与え、線の収束点たる青藍の身を――灼き貫いた。
咄嗟に伏せるように動かねば、それは、肩から、より、内へ、中心へ、溶かし、斬るような切断の光の一撃と成ってしまっていたかもしれない。
左肩が貫かれただけだ。
持ちあがらない。血は、出ない。左肩の外側、抉れた口から欠け、灼け溶け、塞がっている。
「お願いしたのですよ。我らと等しい属性を持つ、貴方のライトに」
虚空を裂いて、差した光が貫いた痕跡の向こう。漏れる、夜の森の星明り。微かに漂ってきた。こちら側と同じ、肉が焦げた、臭い。
目眩がした。
魔力が上手く練れなくて、加速もできない。
自分の世界なのに、閉じることも、異物を弾き出すこともできそうにない。
遥か遠くまで、無数に、こちらに逆三角に陣を組んで、増殖し、数千、いやもっと、数を揃えて、こちらに対峙しているかのように、青藍の目に、映った。
青藍は気付いていない。
気づける故がない。
自身の精彩が酷く欠けて、狼狽して何もできないのと殆ど変わらないくらいに。
独り迷子の子供が、苛立って周囲にあたるようなどうしようもなさだった。
親の役割をしてくれる者も、手をとってくれる者も、自身の世界に不在の今。青藍の世界は、境界を保つ主の観測を喪い、霧散するように、消えた。
等身。
空間。
彼の、世界。
光。ただ、それだけ。それだけの――光の結界。
内に閉じた、光の空間。
接する裏側を覆うは闇。
黒焦げの闇。消し炭の闇。
死を回避する法則の世界。そのの中に存続する星空の森の異界。更に内。
だからこそ、影響は死の回避を敷いた者の想定を上回って減衰している。
故に――臨死。
死んだように、眠っている。
そうして、封印が、保ち続けられる筈だった。
しかし――抑制は、図らず、崩れることとなった。
星空の森の空間が消え、光の封印を内包した消し炭の繭は、死を回避する法則の世界に現出し、墜落した。
影響が、強まる。
繭は、底から砕け、罅割れた。それは、全体に広がっていき、光が、漏れ始める。
崩れ、始めた。
ボトッ、ザァァァァ――。
内側の光を全反射し続けるそれの表面は、消し炭の塊程度の強度しか無かったから。
光の奔流は、空へ至る柱となって、広がってゆく。
黒焦げな残骸は、とうに跡形も無く吹き飛んでいたのは言うまでもない。




