魔女と魔王 Ⅱ
取り囲むでなく、向かい合うように。
老樹のような老人が現れてから、傍の、若木のような猛々さと柔軟さをそれぞれ持った従者二人は、姿を変えている。
色鮮やかな、黄色から橙色の花が針の山のように、放射状に密集して、直径数センチのコロニーを身体中からまばらに生やしている無憂は、少年の顔をしていない。強くジャスミンのような匂いを漂わせながら、その顔つきは、少女の顔つきになっていた。髪の毛はいつの間にか、重力に逆らうモヒカンからしなやかに下方向へと広がっている。風を纏う、長い髪。浅黒くも、綺麗な指先が、手櫛で煩わしそうに、目に被さる部分を外に逃がす。
のっぽで穏やかで色白な優男である菩提は、頭部から髪に紛れて、葉を生やし、その先端をぶらんと、垂らすように、腰下まで伸ばしている。心底ご機嫌そうに。
そして、そんな彼らと向かい合う、青藍。
互いが同時に進みだして、合わせて数歩の距離。両手を伸ばしても届かないけれども、互いが踏み込んで手を翳せば、交わるだろう距離。
魔法の使い手たちにとって、それは、一見意味の無いような距離の無さでありそうで、そうではない。
魔法ではなく――道具を使うなら。これは、丁度よい、必殺に至る距離。
「あぁ、よかった。未だ御話出来る程度の猶予が残されているとは」
「……」
青藍は、そんな彼らを冷たい目で見据えていた。
「我々は化け物ではありません。無論、貴方も、です。現に、対峙が成立しています。互いが互いに牙届き得ると踏まえた距離にいて、衝突を保留できているのですから」
「……」
ギリリリリリリ――。
歯の軋む音。それに反してぴくりとも動かない表情。
「しかし、獣ではあります。だから、何も矛盾などしていないでしょう? 。貴方はこの膠着に意思を以て協力している訳ではないでしょう? 我々とて貴方とそう変わりはしない。理由も意図もない。ただの、何となくでしかない。精霊である我々が何を? とお思いですか? そういうことではありませんよ。衝動。衝動ですよ」
コンッ、カコンッ、
距離を詰める足音は、乾いた枯れ枝が地面をついたような音を放つ。
話をしている体でいて、そんな建前も崩れ、話したいが儘に一方的に、言いたい放題になりつつあった。
口にした言葉は、枷を、外す。
「おい、爺さん」
「こうなっては、止められないよ。ほらね……」
無憂と菩提。スタンスは違いそうでいて、やっていることは結局同じな二人。二人は、引き摺られている。地面に根を生やして、踏ん張ろうとしたのに、老人の歩みを制止するには足りていない。
「彼を返して欲しくば、ご自身の力を以て、なさればいい。我々が、彼を、吸い切ってしまう前に。ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ、ふっ、ふぉっふぉっふぉっふぉ」
ゴォオオオオオオオオオオ、ガララロロロロオオオオオオオオンンンンンンン!
老人らの遥か後方。浮かび上がった、巨大な樹の瘤。ヤドリギのようなねじれたうねりを持った細い幹の束が、それを持ち上げて、高く空へと聳え、瘤が黄金色に光る。
透けて、見える、蹲まった誰かのような人影。
瘤から、幹の束へと、光は拡散し、穏やかな陽光の煌めきが、波のように数多に流れ下へと伝っていき、地中へと。
老人の顔の、老樹のような顔の皺が、薄くなったのは、決して気のせいではない。
「ぁあああああああああああああああああああああああああああ!」
青藍から立ち上る、闇の靄は煙のように。柱のように吹きあがって、
「Allomerus」
確かにそれは、為された。
淀んだ、歪んだ、破滅の詠唱。それは、彼女を魔女たらしめたとされる、悍ましい異形者を模した魔法。
煙が吹き荒れるようにまき散らされ、夜が、訪れる。
ガサガサと、蠢く音。
枯葉が降り積もった、夜の秋の森で、そんな音が響いたなら。
蠢いたのは、何?
高く空へと聳え、瘤から下る、光の束が、一瞬、照らした。
無数の、小さな、蟻の群れ。蟻の絨毯? いいや? 周囲一帯、折り重なった、密も密な、蟻模様。
応える声は、無い。
そのような猶予は存在しない――筈、だった。
「あぁ。儂は死して生きる者であった。そのイコンであった。混沌に混ざり合い、しかし、配分は偏っておった。喰うに値せぬ者として、弾かれて、此処に降り立ったのだ」
ガシッ。
「止まらぬよ、魔女よ。我は、魔王であるが故に。我らが為の贄となるがよい」
闇が、霧散した。
光の無い目で、見据える。壮年の、樹木のような男が、自身の首を掴んで、宙に浮かせられている。
ヤドリギが、木の繭となって、固着していくかのように、瘤となった。呑まれた青藍はもう、瘤の中。
高らかに、
「これで、属性に加え、やがて、魔力も満ちる。あ奴らの再臨はそのときで善かろう。……とっとっとっ。我ながら不安定なものだ。目的すらも露と消えるやもしれぬな」




