プロローグ④
火事の後に簡単な身体検査を行い、お医者様が言うには特に問題無しということだったので家に帰って来た。
帰って来たと言ってもアパートは燃えてしまったので、妹の家族の家に暫く厄介になる形だが。
「また……この屋敷に戻ってくるなんて。」
大きな門を潜ると見えるのは豪勢な和風の御屋敷、ここら一帯のでは知らぬ人はいない大地主「白鳥家」。
数年前に私は年齢を理由に白鳥の当主の座を退いた、今現在の白鳥家当主は妹の息子がやっている。この家にはいい思い出は無いので引退した後は
あのアパートで悠々自適に隠居生活を送っていたのに、まさか火事になるとはついていない………いや、一ついい事もあったかな?
「ふふっ……。」
彼の顔を思い出して思わず笑ってしまう。今、思い出しても心が温かくなり生きる気力が湧いてくる。
「あらあら、火事になったって聞いたのになんだか上機嫌ね。姉さん。」
と、そこに御屋敷の玄関を開けて出てきたのは妹の「白鳥月夜」だった。
「心配したのよ?火事に巻き込まれたって病院から連絡が来た時には心臓が止まるかと思ったわ。」
月夜は少し目じりに涙を貯めていた、何歳になっても泣き虫は治らないんだから…。
「ごめんなさいね、心配かけて。」
安心させるように頭を撫でてやり、落ち着かせる。
「お!やっぱり生きてたなババア。」
そんな失礼なことを言いながら玄関から出てきた中年のオッサンは妹の馬鹿息子にして私にとって甥にあたる「白鳥竹雄」だ、生意気な物言いは相変わらずといったところか。
一応これでも白鳥家の直系の血筋なのでコイツに当主の座を譲ったのだが、それは間違いだったのでは?と時々思う。
「だから言っただろ?このババアが簡単にくたばる訳ねぇって。」
「コラ!竹雄!姉さんは火事にあったばかりなのよ?少しは気遣いなさい!」
「へいへい。」
こんな態度だが竹雄も心配してくれていたのだろう、その証拠に慌てて出てきたのか靴やサンダルも履かずに裸足で玄関先まで出てきている。
いつもと変わらない態度で安心させようとする竹雄なりの気遣いだろう。
ならば私もいつもと変わらぬ対応をしましょう。
「竹雄…あなたにも心配かけましたね。」
そっと竹雄の手を握り…。
「な、なんだよ?今日はしおらしいじゃ…ぬおぉぉぉぉぉ!!?」
そのまま竹雄の手を引き寄せ投げ飛ばす、いつものように。
ズドンと受け身も取らずに背中から地面に落ちる竹雄、私がしおらしい態度をとるもんだから油断しましたね?
「ごほぉぉ!?ゴホッゴホッ…!??うぅっ…いてぇ。」
「ささ、馬鹿息子は放っておいて家に入りましょう。今日はもう疲れたでしょう、お布団の用意しますね!」
月夜もこのやり取りにも慣れたもので今だに地面にうずくまる竹雄に目もくれず家の中に入っていく。
「あ、陽菜おばあちゃん。大丈夫でしたか?」
玄関を潜ると出迎えてくれたのは、月夜の孫にして竹雄の娘の「白鳥輝夜」だった。
父親の竹雄には全く似ずに母親に似て整った顔立ちに黒曜石の様に美しく長い黒髪を左右に結んだツインテール。活発な性格で友人も多く、学校での人気も高いと聞いている。
「……羨ましい。」
「え!?何が?」
不意にこぼれてしまった言葉に輝夜は訳が分からないといった感じに頭を捻る。
いけませんね……。自分を心配してくれた家族に嫉妬するなんて。
けど……輝夜の事が今この時は本当に羨ましかった。だって輝夜は若い、今年で16歳で……きっと優希君と並んでもお似合いだろう。私みたいな老婆と違って……。
「…何でもないわ、心配してくれてありがとうね。」
そう言って輝夜の頭を撫でる。
「輝夜、あなた今好きな殿方いる?」
「えぇ!?いきなり何?別にいないけど?」
「そう……いい人と巡り会えるといいわね、若いうちに。」
「???」
逃げるような足取りで布団が用意された客間に入り、月夜が貸してくれた寝巻に着替え布団に入る。
さっきまで初恋の熱に浮かれていたが、輝夜を見て一気に現実に引き戻されてしまった。
何を浮かれていたのだ私は、こんな老婆が優希君と結ばれる事なんて絶対ないのだ。
私の初めての恋は始まりもせずに終わっているのだ……。
「……ぅぅ……ぐぅ!!」
私は声を押し殺して泣いた、どんなに歳を取っても悲しいことがあれば人間は泣く。
私の人生いつもこうだ望んだものはいつも手に入らない。
親の愛情も!初恋もっ!!何もかも!!!
神様なんて信じていないけど、もしいるならば私にとってなんて厳しい存在だろう……。
けど、本当に神様がいるならば……。
「……どうか………どうか、お願いします!」
私の事は嫌ってくれて構いません。
(けれど!あの人は……優希君は幸せにしてあげてください!)
「優希君は私と違って自分の境遇にも不貞腐れもせずに、妹を養い……何の得にもならない私を命がけで助けてくれました。」
(いい子なんです。だからあの子だけは幸せにしてください!)
「お願いします!お願いしますっ!!」
私はこの時ばかりは本気で祈った、どうかあの子に祝福を与えて下さいと。
過去を悔やむあの子に許しと安らぎを。
どうか、お願いします……。
「本当は……私があの子を幸せにしてあげたかったんだけど…。」
それは無理だから、代わりに誰か……優希君を幸せにしてくれる素敵な女の子が現れますように。
何もしてあげれないけど、せめて祈らずにはいられなかった。
………
……
…
「……んっ…朝?」
あれからすぐに眠ってしまったのか…。
目を開ければ朝日が部屋に差し込んでおり、体感で既に昼に近い事を察する。
「随分と…眠ってしまったようですね。」
昨日は色々あったから疲れていたのかもしれない。
とりあえず布団から出て、顔でも洗ってこようと上半身を起こすが……。
「…ん?」
身体が…軽い、いつもなら鉛の様に重い体がまるで羽の様に軽い。
「……え!?」
よく聞くと声も変だ、耳慣れた自分のかすれた老婆の声ではない。若い少女の声だ……。
おかしい……いつものじぶんではない。
そう思い、近くにあった化粧台の鏡で自分の姿を確認する。
「……………………………誰?」
鏡に映った人物は見慣れた老婆ではなく、見覚えの無い翡翠の瞳に美しい金髪をなびかせた15か16歳ぐらいの美少女だった。
否!!見覚えはあった、それは紛れもなく自分の姿だ。ただし50年以上前の自分の若かりし頃の姿そのものだった。
「……………はいぃぃぃぃっっ!!!?」
「どうした!?ババア!」「陽菜おばあちゃん!?」
悲鳴の様な声を聞いて竹雄に輝夜が部屋の戸を開けて入って来た。
「「えっ!?誰!?」」
二人にもこの若返った姿が見えているということはこれは私の夢でも幻覚でも無いようで……。
「あらあら、一体どうしたんですか?」
少し遅れて騒ぎを聞きつけた月夜が部屋に入って来る。
「えっ?…………姉さん……ですよね?どうして若い頃の姿に!?」
妹故か、はたまた私の若い頃を見慣れているからか月夜には一目で私が誰か分かってしまった。
「何言ってんだよ母さん!?この子があのババアなわけあるかよ!もはや別生物レベルで違うぞ!」
……とりあえずコイツは後でしばく。
「月夜……私にも何がどうなってるのか……理解できなくて。」
「ほ、本当に陽菜おばあちゃんなの!?」
輝夜が疑うのも無理はない自分でも信じられないのだ……。
でも……もしこれが神様から与えてもらったチャンスなのだとしたら……。
私は……あの人に!!
優希君にっ!!!
………
……
…