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プロローグ③


その日は身体が辛かったので、いつもより早めに床に就いた。それがまさかあんな事態になるなんて…。



息苦しさを覚えて目を覚ますといつもの部屋が炎に包まれ煙が充満していた。煙を吸い込んでしまい咳き込みながらも混乱する頭で状況を把握しようと努める。

火事だ。しかも火の手がかなり進行してしまっている。そこまで理解し逃げようとするも身体が重くまともに動けない、ちょっと煙を吸い込んだだけでこれとは…歳はとりたくないねぇ…。


炎の勢いが一層増し、もはや部屋から逃げられないと悟る。


ああ…今日私は死ぬのか。


そう思い、今までの人生を振り返る……。


当時ここら一帯の名家の中でも群を抜いて権力・財力のある名家「白鳥家」。その当主が遠い異国の地で一晩の過ちで現地の女に産ませた娘、

それが私「白鳥陽菜」だ。母親は私を生んだ後亡くなったらしく身寄りの無いわたしは白鳥家に引き取られたが、名家の娘としてはどこかの外人と遊びの末に出来た娘など認められる筈がなく、家の中では存在しないものとして腫物のように扱われてきた。

父には同じく名家出身の正妻がおり娘が一人いる、つまりは私の腹違いの妹にあたる。父には父親らしくされたことなど一度もなくまともに会話したことすら少なかった。だけど、父は私の腹違いの妹にはいつも優しく接していた。それが堪らなく悔しくて学校でも家の中でも頑張った、学業の成績はいつも一位を取り、得意の音楽でピアノの賞もいくつか取っても父は褒めてくれた事など一度もない。妹は何もせずとも褒めているのに。

料理も頑張って上手くなった、だけど一度も食べてくれはしなかった。父と妹とはよく一緒に食事をしていたのに私はいつも自分で作った料理を一人で食べていた。


努力しても報われない、誰も私を見てくれない、だから私はいつしか父には…否、誰にも期待などしないようになっていた。


そんな毎日が続いたある日、父が急死した。当主が突然いなくなった事により白鳥家は荒れた、父の正妻は家の仕事などまったく関わったことがなく狼狽えるばかり。

妹は甘やかされて育って来たため家のことなど分かるはずもないし、今の混乱した家を纏めるなど無理だった。


そこで私に白羽の矢が立った、名家が当主不在では格好が付かないからと父の取り巻き達に押し付けられた。最初は何で私がとか今まで散々な扱いしといて都合の悪い時だけ…とか

考えたりもしたが、この白鳥家の権力は魅力的だったし何より今まで私の事を蔑ろにしていた連中が手のひらを返して媚びへつらってきたのが気分がよかった。


数年かけ白鳥家を立ち直らせ、家の連中は最早私無しでは仕事が出来ない状況に陥った。最初はお飾りの当主として据えて後ろで操り、陰から家を操ろうとしていた連中もすでに飼いならし名実共に白鳥家の当主になった。

最初の頃はそれで良かった、あんなに私の事を貶していた連中を顎で使うのは気分がよかったし。仕事をしていると誰かに必要とされている気がして充実した気持ちになれた。幸せだった。


だがそれは、本当の幸せではないと気づいた。


妹が妊娠した。


仕事ばかりにかまけていた私は妹の妊娠に驚いた、なにせ付き合っている男性がいることすら知らなかったのだ。別に妹が誰と結婚しようが私には関係ないと思っていたのだが、意外なことに妹の方から連絡があった。

思えば姉妹なのにそこまで親しくなかった、父の正妻は私の事を汚らわしい売春婦の娘と毛嫌いして妹と関わらせないようにしていたので一緒に遊んだ記憶すらない。

てっきり私は妹にも嫌われていると勝手に思っていたから。


私は戸惑いながらも妹に会いに行った、久しぶりに会った妹はいつの間にかすっかり大人の女性として成長し…なんというか母親っぽくなっていた。それから少し話をした、昔の事…父の事、これからの事。


「どうして私を呼んだの?」


話しをしているうちに私はつい聞いてしまった、妹は少し困ったような顔をしながらも答えてくれた。


「妹が姉に妊娠を伝えるのはそんなにおかしいことかしら?」


その答えで分かった……妹は別に何か思惑があって私を呼んだわけでわない。ただ単にきっかけが欲しかったのだ、私と会う為の。

妹は私の事を避けているわけではなかった、今にして思えば私の方が妹の方を避けていた。私の事を認めてくれない父や毛嫌いしてくる正妻の娘として憎んでさえいた。それなのに妹はずっと私と仲良くなりたかったのだ、たった一人の姉として。

私は己を恥じた、その人と碌に関わらずに生まれや立ち位置でしか人間の価値を測れない。そんな私が一番嫌いな人間達と同じことを自分もしていたのだと。


「ごめんなさい…。」

 

私は思わず謝ってしまった、あなたの姉なのに今まで見向きもしなっかったことに…。


「いいえ、姉さんが謝る事はないわ。むしろ私の方が謝りたいと思っていたの。」


妹は目に涙を浮かべながら語る。


「姉さんの事を小さい頃母から守ってあげられなくて、何もしてあげれなくてごめんなさい。今だって姉さんに家の事を押し付けてしまって、私がもっと助けてあげられていれば良かったのに…。」


「そんなこと気にしなくていいのよ…私は貴女のお姉ちゃんなんだから。」


そんな妹の言葉に私の涙腺も限界を迎え、二人そろって泣きながらごめんねと繰り返した。


私達はこの時初めて姉妹になったのだ。



………


……



それから時間が経ち、妹は無事男の子を出産した。旦那さんも紹介してもらい、時折様子を見にいくようになった。妹の家庭はそこまで裕福ではなかったが幸せそうな家庭を絵に描いたようだった、旦那さんは一般的なサラリーマンだが真面目で誠実だし何より

妹の事を愛していたし、息子も少々生意気だが元気に育っていた。妹もいつも笑顔で穏やかに過ごしていた、幸せな家族そのものだった。


当時は微笑ましく見守っていたが、今になって思う。私はそれがとても羨ましかった。


こんな名家の権力や財力なんかよりも……私も好きな人と恋をして…結ばれて、子供を産んで。幸せな家庭を作りたかった……。


今更かもしれない、こんな死ぬ間際になって本当の願いに気づくなんて……。


そう想いながら何もかも諦めたその時だった。


「白鳥さんっ!大丈夫ですか!?」


誰かが私の名前を呼んだ。


………


……


気が付くと私は外にいた、そして誰かに抱きかかえられていた。


……お姫様抱っこで。この歳になって初めて体験してしまった。


だんだん意識がはっきりすると私を抱きかかえているのが見覚え有る顔だと気づく。


アパートの隣に住む高校生の風見優希くんだった、この子が私を助けてくれたのか……。


「もう大丈夫ですよ。」


そう言って優しく地面に降ろされる。そのまま優希くんは駆け寄って来ていた救急隊員に私の事を説明し任せようとする。


「じゃあ俺はこれで…。」


彼はそのままどこかに行こうとする、私を助けたことなど誇る事ではないと言わんばかりに。


その前にどうしても彼に聞いておきたいことがあった。私は未だにのどに残る痛みを無視し、彼に尋ねる。


「……どうして?」


「え?」


「どうして私なんかを助けに来たんですか?一歩間違えばあなただって死ぬかもしれなかったんですよ!?」


私と彼の関係なんてただのお隣さん、他人だ。しかもこんな助けたって何も見返りが期待できない老婆だ。彼が私の本当の権力を知っているとは思えない、助ける理由がどうしても理解できなかった。


「助けたところで、あなたに得なんてないでしょう?普通なら見捨てるべきです、私なんて死んだって誰も悲しまないんですよ?一体なんで助けてくれたんですか?」


我ながら卑屈な考えだと思うが、幼少の頃から今まで打算と思惑しかない世界にいたせいでどうしても彼の行動を疑ってしまう。彼は少し困ったような自称気味な笑みを浮かべながら、こう言った。


「ただの自己満足です。」


……と。


「そ、それだけの理由で!?」


私は信じられないもの見る目で彼を見つめる、本当にこんな人間が存在するのかと。


「ただ自分の罪悪感を軽くしたかっただけで、立派な理由なんて無いんですよ。」


「…罪悪感?」


そう聞くと彼は自分の事を語ってくれた。


「俺の両親、火事で亡くなってるんですよ。」


彼は座っている私に屈んで目線を合わせてくれる。それから話してくれた、罪悪感と言った理由を…。


「……ハンバーグが食べたかったんですよ。」


「………はい?」


意味が分からなかった、両親が火事で亡くなった事とハンバーグ?混乱する私を見て彼は『まぁそんな反応するよな。』と言いたげな笑みを浮かべた。その顔に少しドキリとしたがからかわれているようで癪に障ったので話の続きを促す。


「昔……両親は妹を可愛がってばっかりで俺のことなんて構ってくれなかったんですよ、テストでいい点取っても……運動でいい成績残してもね。でも俺はお兄ちゃんだから我慢してたんですいつも…いつも。」


「………それは。」 


その境遇はとても似ていて彼の辛さは痛いほど理解できた。


「で、そんなある日。珍しく両親が珍しく俺がテストでいい点とったから、外食に連れてってくれるって言うんで『何が食べたい?』って聞いてきたから答えたんですよ。『ハンバーグが食べたい。』って。」


けれど……と彼は話を続ける。


「結局……外食には連れってってもらえませんでした…。」


「どうして?」


「妹がね…言ったんですよ、『ハンバーグじゃなくてお寿司が食べたい。』って。それを聞いた両親は笑いながら『おぉ!そうか!じゃあ今日はお寿司を食べに行こうって!』って言うもんだから、今まで我慢してたものもそこで限界でして…そこで泣きながら家を飛び出したんです。」


くだらないでしょう?と彼は笑うが、私には他人ごとに思えなく笑えなかった。


「ハンバーグ食べに行こうって言ってくれたのに、頑張ったのは俺なのにって思いながら。泣きながら近所の公園まで来て夜になるまでずっと泣いていたんですよ。ずっと…一人でね。でもそのうち妹が迎えに来てくれて『帰ろう』って言ってくれたんです。」


彼はその時の事を思い出しているのか。笑みを浮かべながら語る、だが次第にその笑みは悲しみの表情に変わる。


「お兄ちゃんですからね……これ以上妹に恰好悪いとこ見せる訳にいかないので二人で帰ったんですけど、その時でした…家が火事になったのは。」


優希君の右手は火傷していたにも関わらず爪が手のひらに食い込まんとするばかりに固く握られていた。


「……焼け跡からは両親の遺体が出てきました。出火の原因は……その当時世間を騒がせていた連続放火犯で……俺の家を狙ったのも特に理由なんてなくって……ただ単に運が悪かったんです。」


「そんな…。」


「けれどね………今でも思うんですよ。あの時、俺が駄々をこねないで大人しく両親と妹と寿司を食べに外食に出かけていたら………両親は助かったんじゃないかって。」


「……っ!それは!」


「わかってますよ、悪いのは放火犯で俺は悪くないって…。もしもの話なんてしてもどうしようもないってことくらい。」


そう言ってはいるが彼の瞳はそうは言っているようには見えなかった。


「だから…あなたを助けたのはあの時、両親を助けられなかった罪悪感を少しでも軽くしたい俺の……ただの自己満足なんです。」


そう言い放ち彼は、立ち上がり火傷の治療に行こうとする。


その背中に私は何も言うことが出来なかった。かける言葉が見つからない。


「……あっ!そうだ。」


彼は何かを思い出したかの様に足を止め、振り向きざまにこう言ってきた。


「白鳥さん。さっき『私なんて死んだって誰も悲しまないんですよ?』って言ってましたけど……少なくとも俺はあなたが死んだら悲しいです。」


そんな言葉を………心の底から、その言葉に嘘はないと分かるいい笑顔でそんなことを言われたものだから……。


不覚にも…。


年甲斐もなく…。


彼にときめいてしまった。






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