プロローグ①
「あぁ…すっかり遅くなっちまった。」
バイトからの帰り道、風見優希は一人呟く。両親が火事で他界してからというもの親戚一同から厄介者として扱われることに嫌気がさし、優希が高校生になってからは妹と二人で暮らしている。
幸いにも二人が独り立ち出来るぐらいの遺産は両親が残してくれたのでしばらくはお金の心配は無い。だがしかし…この先何があるかあるか分からない、優希の両親が突然の火事で亡くなり幸せだった時間が突然奪われた様に…。
なのでこうして自分の身に何かあったとしても妹にせめてお金だけは残してあげられる様にバイトに励んでいた。
「春とはいえまだまだ夜は寒いな…。」
暦の上ではもう四月である、今年度から高校二年生に進級した優希は住み始めて丁度一年になる自分のアパートに帰ってきた。
両親が死んでからは親戚の家に妹と二人で世話になっていたのだが、いきなり転がり込んできた兄妹に親戚連中もいい顔はせず、とても居心地は悪くて高校進学を理由に妹と二人で逃げるように引っ越して来たのだ。
「ただいまー。」
「あ、兄さんお帰りなさい!」
部屋に入るとパタパタとスリッパを鳴らしながら出迎えてくれるのは妹の「風見詩音」が出迎えてくれる、料理をしていたのかエプロンをしていた。
詩音は身内の贔屓目なしにしても美少女といって差し支えない程容姿が整っている、長く綺麗な黒髪に母親譲りの美しい顔立ちは高校生になってからは少し大人びてきて更に綺麗になったと思う。
家事に関してはからっきしの優希に代わり、家の家事をこなしてくれている。
「今日は寒かったからクリームシチューを作ったんだよ。」
「おお!寒い日にはいいな、旨そうだ。」
言われてみれば部屋の中にシチューのいい匂いが充満しておりバイト帰りの空腹の身体に沁みるようだ。
「手洗いして待ってて下さい、私は作り過ぎたシチューをお隣にお裾分けしてきますので。」
「お隣の白鳥さんにか?」
隣には越してくる前からおばあさんが一人で住んでいた、名前は「白鳥陽菜」さん。まだ引っ越して間もない頃色々お世話になり、それからも度々こうしてお裾分けをしたり逆にされたりする仲だ。
「なら俺が持って行くよ、まだ靴も脱いでないしな。」
「じゃあ、お願いね。」
詩音からシチューの入ったタッパーを受け取り玄関を出る。そしてすぐ隣のドアまで着きインターフォンを押す、しばらくすると中からゆっくりと一人のお年寄りが出てくる。
「…はい、どちら様ですか?」
白鳥陽菜さん。イギリス人の母と日本人の父を持つハーフだとかでその年老いて色素の薄くなった金髪の髪の色やエメラルドの瞳が言葉以上に雄弁に事実を語ってくる。ご高齢にも関わらず凛とした佇まいはどこか高貴な生まれであろうと思わせるが、話してみると物腰柔らかな人だ。
ご近所からはその容姿から珍しがられてはいるが、話してみると普通のおばあちゃんと言った印象を受ける。
「どうもこんばんわ、隣の風見です。」
「あら、優希君どうしたんですか?」
「これシチューなんですが作り過ぎちゃって良かったらどうぞ。」
そう言ってまだ暖かさを持ったタッパーを差し出す。このやり取りにも慣れたもので、最初は引っ越しの時に色々世話になったお礼にと持って行ったことが発端で、それ以降はお礼のお返しの応酬のようにこうしてよくお裾分けしている。
「ありがとうね、わざわざ。美味しくいただきますね。」
「いえいえ、そんな大したものじゃないので。」
柔らかく笑い白鳥さんがタッパーを受け取ってくれる。
「優希君はアルバイトの帰り?偉いわねこんな時間まで…。」
「これくらい慣れればどうってことないですよ、それじゃあ失礼します。」
お裾分けも渡したので早々に自分の部屋に引っ込む、ご近所付き合いとしてはそこまで互いに深く干渉しない程度の付き合い。
ただの隣人。それ以上でもそれ以下でもない相手。
……そう、この時までは。
2022/1/29
遅れながら、挿絵を追加しました。