表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/16

すべての始まり


 昔から静電気に悩まされていた。


「いてっ」


 自動販売機に百円玉を入れた瞬間、またしても指先に電流が走る。

 慣れたことでも痛いものは痛い。


「今日も絶好調だな、イヅナ」

「まぁな」


 静電気除去のキーホルダーを握り締め、再び百円玉を入れた。


「そういやいつからなんだ?」

「小学生の時にはもうあだ名がデンキウナギだったよ。不名誉なことに」

「発電器官がどっかにあるんじゃねーの」

「バカ言え。そんなもんがあったら世紀の大発見だよ」


 ボタンを押して落ちてきた缶ジュースに手を伸ばす。


「いって! くそッ」


 またしても指先に静電気が流れて手を引っ込めた。


「あぁ、もう。自販機に嫌われてる」

「筋金入り、いや避雷針入りだな」

「くっだらねぇ」


 キーホルダーを握り締めて、缶ジュースを取り出した。


「次の授業なんだっけ?」

「イヅナの好きな数学」

「昼休みが終わらなけりゃいいのに」


 階段を上り、手すりに手を掛ける。


「いっ」


 弾かれたように痛みが走った。


「手すりにまで嫌われた」

「この世の金属製品はみんなお前のことが嫌いだよ」

「いいよ、俺はゴム製品を愛すから」


 下らないことを言いつつ階段を登り切って屋上への扉の前までやってくる。

 そこで俺は足を止めた。


「なにしてる?」

「開けてくれるのを待ってる」

「ドアノブにまで嫌われたくないってか? しようがないな」


 尚人なおとがドアノブを捻って扉を開く。


「どうぞ、お嬢さん」

「誰がお嬢さんだ」


 屋上に出て適当な位置につき、購買で買った総菜パンをかじる。


「そういや、進路希望はもう出したのか?」

「いいや、イヅナは?」

「俺も」


 缶ジュースの蓋を開けた。


「正直、なんて書けばいいのかわからないんだよな。別にやりたいこともないし」

「だよなぁ。なりたい職業も夢もないし、きっと普通の会社に就職して普通の生活を送るんだろうな、としか」

「今じゃそれも難しいけどな」

「世知辛い。でも、イヅナには立派な就職先あるだろ?」

「どういうことだよ?」

「発電所」

「なにかと思えば、はぁ……」

「えー、そんなにつまらなかったか?」


 ため息をつきつつ、総菜パンをまたかじる。

 喉を潤そうと缶ジュースを手に取った、次の瞬間だった。


「うおっ!?」

「な、なんだ!?」


 酷く重い音が駆け抜けていき、衝撃が肌を撫でる。

 すぐに振り返ると街の景色に見慣れないなにかを見た。

 それは光の渦。

 紫色をした光の奔流が弾けて押し寄せてくる光景だった。


「な、なんか不味いかも」

「尚人! 中に入るぞ! 急げ!」

「あ、あぁ!」


 ジュースもパンも投げ出して急いで屋上扉へと駆ける。

 だが、押し寄せてくる光のほうが早い。

 ドアノブへと手を伸ばした瞬間、俺たちは光に飲み込まれる。

 指先に微かな痛みを覚えながら、俺たちは意識を奪われた。


§


「ん、んんん……」


 意識が覚醒して体を起こす。

 朧気な意識のまま周囲を見渡すと隣りに尚人が寝ていた。


「おい、おい尚人」

「ん、あぁ、イヅナか」


 尚人を起こして立ちあがる。

 視界に映るのは朱く焼けた空と雲、そしていくつかの黒煙。


「おいおいおい」


 足を動かして縁まで向かい、街の様子に釘付けになる。

 見慣れた街の景観は崩壊し、炎と煙に包まれていた。


「嘘だろ」

「なんだよ、これっ! さっきの光のせいか? なぁ! イヅナ!」

「わかるかよ、そんなの!」


 混乱していると、周囲から悲鳴が木霊し、次第にそれは大きなものとなる。

 フェンスに張り付いて目を下ろすと、グラウンドを駆ける幾人かの生徒を見付けた。

 その後を追っているのは得体の知れない何かの生き物。


「なんだよ、あれ。犬――狼か? 熊?」


 そのどれとも外観が一致しない、四足歩行の獣。

 それが生徒たちを追いかけ回し、そして、その喉元に食らい付く。

 遠目からもわかるほどに赤い血がグラウンドに広がり、首がごとりと転がる。


「――ッ!?」


 その生首がこちらを見たような気がして、咄嗟にフェンスから身を離した。


「なんだよ……なんなんだよ、これは」


 目の前に広がる光景をまだ受け入れられない中、尚人は俺よりもうろたえていた。


「お、おい落ちつけ」

「落ち着いてられるかよ! 死んだんだぞ! 人が!」


 グラウンドを一瞥してまだそこに死体があることを確認する。

 嘘じゃない。これは現実で実際に起こったこと。

 街は崩壊し、グラウンドで人が死んだ。


「怒鳴ったって何にもならないだろ! と、とにかく助けを呼ぼう」

「助け? 誰が助けてくれんだよ、こんな――」


 言葉の途中で勢いを失ったように尚人は声を区切る。

 目は見開かれて俺から一歩、後退った。


「おい、おいおいおい。なんだよ、それ。イヅナ!」

「は? な、なにがだよ」

「その雷はなんだ!」


 指摘されて初めて気がつく。

 自身の体に起こった異変に、全身を駆け巡る稲妻に。

 バチバチと線香花火のように現れては消える閃光。

 それが絶え間なく体表を駆け巡っている。


「これは……」

「待て、近づくな」


 また一歩、尚人が俺から距離を取る。


「普通じゃない。なんだよそれは!」

「わ、わからない。でもたぶん、あの光のせいだ」

「俺も浴びたけど、お前みたいにはなってねぇぞ!」


 更に俺から距離を取る。


「冗談じゃない。普通じゃねぇよ! 街も動物もお前も! 普通じゃないことばかりだ!」

「わかった! わかったから落ちつけ!」

「うるせぇ!」


 そう言い放った尚人の目は恐怖や戸惑いで塗り潰されていた。

 友人を見るような目じゃない。

 なにか得体の知れない化け物を見るような目。

 これまでの日々や友情が音を立てて壊れるような気がした。


「やめろよ、そんな目で見るな。友達だろ」

「もう違う。いいか、俺に、近づくな!」


 はっきりとした拒絶の意思を見せられ、その場から動けなくなる。

 足が凍り付いたように動かない。

 目の前が眩むような感覚がする。

 そんな最中、夕焼けの光が遮られて俺たちの周囲に影が落ちる。


「な、なんだ?」


 上を見上げても茜色の空に雲はない。

 だとしたら、今のは。


「クアアァアァアァアアアアア!」


 鼓膜が破れそうなほどの大音量が響き、強風が吹き荒れるとともに巨体が落ちる。

 それは無数の羽根に覆われた見上げるほどの巨鳥。

 地球上に存在しているはずのない生物が尚人にのし掛かった。


「尚人!」

「ぐぅ……あぁあぁああぁああ!」


 苦しげな悲鳴が上がると共に巨鳥は大きく羽ばたいた。

 鋭い鉤爪で尚人の胴体を貫き、赤い血を滴らせながらどこかへと連れ去っていく。

 そしてもう一羽の巨鳥が俺の後ろに舞い降りた。


「嘘だろ」


 巨大な嘴に吹き飛ばされて地面を転がり、見上げた空に鉤爪が映る。

 それはそのまま俺を踏みつけると、全身にとてつもない負荷が掛かった。


「がぁッ……ああぁあああッ!」


 軋む、軋む。血肉も骨も悲鳴を上げて、本能が警告を鳴らしている。

 必死に抵抗してみるけど、巨鳥の足はびくともしない。

 屋上の地面が鉤爪で割れ、なおも負荷は強くなる。


「あぁッ! くそッ! くそッ! 死んでッ、たまるかッ!」


 叫ぶと同時に体表を駆け巡っていた稲妻が激しさを増して伝播する。

 鉤爪を介して感電し、巨鳥は思わず脚を離そうとするがそうはさせない。


「逃がすかッ!」


 血反吐を吐きながら更に稲妻の威力を引き上げ、稲光が閃光となって天へと伸びる。

 それは地上から天へと昇る落雷の如く巨鳥を貫いた。


「カ……アアァ……」


 全身が稲妻で焼けて命まで燃やし尽くした巨鳥はそのまま屋上に倒れ伏す。

 その後はぴくりとも動くことなく、完全に死に絶えた。


「はぁ……はぁ……やった、ざまぁみろ!」


 痛む体を押して立ち上がり、空の彼方へと目を向ける。


「尚人……」


 もう一羽の巨鳥に連れて行かれた尚人はもう見えない。

 俺は目を逸らすように屋上扉に視線を向け、逃げるためにドアノブに手を掛ける。

 もう静電気は起こらなかった。

よければブックマークと評価をしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ