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第8話 私達の勇者祭

視点:ノワール


 新しい朝が来ました。希望の朝です。


 爽やかな朝とは対象に、私は倦怠感と筋肉痛に苦しんでいます。現在だってセルシウスの肩を持ってなんとか歩いています。私重くないでしょうか。そして勇者祭なので人が多いこともあり、いつもより距離が近いです。


 セルシウスの負担が大きいので路地裏を使おうとしましたが、セルシウスは『なんだか嫌な予感がする』と言って態々《わざわざ》遠回りをしています。勇者祭だからでしょうか。学園前の通りは昨日も通ったはずなのになんだか久しぶりな気もします。



 勇者祭前日を『服の日』とするなら勇者祭当日は『食の日』と言えるでしょう。勇者祭限定で宮廷料理人が出張屋台を出す他、世界中から出稼ぎに来た人達も屋台を出すので少なくとも大陸中の珍味・・(必ずしも美味とは限りません)を味わえます。



「セルシウス見て!新大陸料理ですって!」


 新大陸(旧魔王領)の住民は屈強な魔族や流刑衆、開拓民、軍人、ハンター、あるいはその子孫がほとんどであり新大陸のモンスターは基本的に巨大なので豪快な料理が食べられるそうです。『上手に焼けました!』の看板の下には、骨を軸に回転させてこんがり焼いた肉があり、ついつい買ってしまいました。


「セルシウス…お願いたべて」


「全く。お前は変なところでチャレンジ精神旺盛なんだから」


 草食獣の肉なので臭みはありません。新大陸の不思議なスパイスのおかげでお肉も柔らかく、肉の厚さも食べごたえがあり丁度良いです。付け合せのピクルスやそれらを包み込む自家製パンもよく合います。ゴツゴツした木のベンチとテーブルや、猫の魔族(獣人族よりも動物に近い見た目です)が奏でる角笛はエキゾチックな雰囲気を演出しています。全体として非常に美味です。しかし…


「仕方ないじゃないですか。多すぎるのですから」


 そう多いのです!前述の通り新大陸は何でも基本的に大きいので料理もそれ相応に大きいのです。しかも店主さんは新大陸の寒い地方出身らしく、元から脂の乗った肉にさらにカロリーを装填するのです。私なんかは4割も食べられませんでした。これでも向こうより2,3回り小さいというのですから新大陸恐るべし!


 いや私だってまだ成長期ですから、食べようと思えば食べられます。嘘です良くて7割です。しかし今日は勇者祭なので普段は食べられないスイーツを食べたいのです。なのにお肉でお腹いっぱいにするのって嫌でしょう?


「まあこの量は仕方ないね。ちょうだい」


 ありがとうセルシウス!おかげでせっかくの料理を捨てずに済みました。私を養ってくれている大学教授の魔女さんことグレイスさんは、無駄にすること関しては特に厳しいのです。彼女は田舎の貧乏な家に産まれて猛勉強して王国第2位の大学に入ったので、そういったところが特に厳しいです。



 ちょくちょく食べ歩いていると、噴水広場(王都に噴水広場は無数にありますが、そのうちの1つです)に出ました。


「ようそこのお嬢ちゃん!今から劇が始まるんだが、見ていかねえかい?」


 陽気なおじさんに声をかけられました。


「セルシウス。どうします?」


「そうだね…ちょうど腹も膨れたことだし見てみよう。お兄さん劇は何分ぐらいだ?」


「ヘヘッお兄さんとはありがたいね。劇は30分ぐらいで終わるよ」


 それなら丁度良いだろうという事で、劇を見ることにしました。プロの劇団らしく、魔法や仕掛けを利用した大掛かりなものです。勇者祭当日のこうした催しは、勇者祭前日のものと比べてレベルが高い傾向にあります。当日に場所を取れなかった人達が前日に行うので当然でしょう。かといって前日の人達もプロなので十分素晴らしいですが。


「悪しき堕天使どもよ!貴様らをここで斬る!我が剣の錆となるが良いッ!」


 勇者祭に合わせて勇者ケンヤ様が戦死された戦いが演じられています。


 ケンヤ様は迫りくる堕天使の剣を紙一重でかわし、槍をそらし、魔法を斬り捨て、堕天使とその配下の魔族達に無双します。しかし敵の3割に損害を与える頃には明らかに動きが鈍くなり、敵を誘き寄せて削る方針に転換します。そして迎えた四天王との一騎討ち。


「お主なかなかやりおるな。しかし今にも絶えるその身体では、我に勝つのは難しかろう」


「それはどうだかな!グッ…馬鹿野郎俺は勝つぞ!」


「その心意気や良し。そうだお主、我の元につかぬか?そうすれば我が領地の半分をやろう」


「は?…馬鹿め!」


「残念だ」シュン!


「ぐうッ」


 この魔法の演出は光学魔法でしょうか。かなり珍しいと聞いていましたが。


 ケンヤ様は死にこそしないものの、いつ倒れてもおかしくありません。あわやこれで最後か…そんな時です。全てのエフェクトが停止しケンヤ様にスポットライトが当たりました。


「少年よ。力が欲しいか」


「誰だ。いや、誰でも良い。俺はこの世界に過去は無い。そしてもはや未来も無い。今を切り開く力があるなら!よこせ!」


「ふふふ。力が欲しいなら…くれてやるっ!我はそなたの相棒。そなたの剣。銘は光竜剣ルミエールじゃ!」


 そして世界は動き始めます。


「な、なんだその剣は!」


「サンキュー相棒!最初で最後だ!全部持ってけ!」


 光竜剣ルミエールは白く輝き、漆黒の四天王は逃げようとします。


 そして世界は光に包まれて…


 そして誰もいなくなりました。一部がガラスにまでなった砂地には、ただ白い剣が冷たく突き刺さっています。そして幕は閉じられました。



−静寂−

パチパチパチパチ

 誰からともなく拍手がなりました。私もいつの間にか拍手をしています。


 そして私達は役者さんの挨拶の途中で席を立ちました。


「どうでした?」


「最高だよ。彼らはきっと大物になれる」


 驚いたのは、この劇が『名前も知らない劇団』によるものだったことです。ストーリーは広く流布されている物でしたがアレンジが加えられ、何より魔法の演出が凝っていました。


 これは後日調べた事ですが、彼らはジュエル王国屈指の名門大学の大規模な演劇サークルだそうです。大学の人脈と大学生の情熱があれば、あのような素晴らしいものができあがるのでしょうか。



 騒がしい大通りに出ると、王様がパレードをしていました。国民の歓声に微笑みながら手を振って返すその姿は、王族の威厳を感じます。


 そのパレードが去った後。道の陰に学園の門番のブートさんを見つけました。


「あ、ブートさんじゃないですか。お疲れ様です」


「あッ、ノワールさんにセルシウスさん。ごきげんよう」


 挨拶を返します。道の陰から人の気配を感じました。


「アティラ先輩!?」


「あらノワールちゃん。元気かしら?」


「はい。元気ですけど…あ、もしかしてお二人はお付き合いされているとかですか?」


「もう!違うわよ。私の父が軍人でしょう?だから年の近い彼とはよく話しているの」


 アティラ=アメジスト先輩のお父様はグラント=アメジスト侯爵様で、軍の参謀長を務められております。話によると私の父の上官だったことは知らないでしょうが。


「あ、そうでしたね。それでは勇者祭をお楽しみくださいませ」


「ええ。ごきげんよう」


 まさかアティラ先輩にこんなところで会うとは思いませんでした。



「ノワール。次はどこ行きたい?」


「それじゃあ…学園で噂のスイーツショップなんてどうですか?」


「あそこか。良いね行こう!」


 太陽はギラギラと照りつけてきます。私達の勇者祭はこれからです!

作中の料理はケバブをイメージしてください。

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