第7話 24:00
視点:ノワール
セルシウスを抱っこして腕に買ったものを引き下げて、学園の正門についたときには日はすでに沈んでいました。すなわち門限やぶりです。
「ブート様ごきげんよう。お疲れ様です」
ブート=コーラルさんはアクシス理事長の孫で陸軍に所属していて、現在は3人交代でこの学園を守っています。まだ19歳の線が細いお兄さんで、主に幼稚科や初等科の子供たちに人気です。
「ごきげんよう。ノワールさんですね?話は聞いています。どうぞ」
「ありがとうございます」
注意されると思っていましたが、あっさり通してくれました。それにしても『話は聞いています』ってどこから聞いたんですねえ…。やはり認識できない人達は軍所属だというのは本当なのでしょうか。
「重たそうですけど持ちましょうか?ちょうど交代の時間なので」
「は?」
セルシウスを重たそうとかふざけていますか?
「あ、いえ。お荷物の方です」
「ああ、お願いします。」
そしてブートさんが老兵士さんと交代するまで待って、そこそこ重い買い物袋を持ってもらい並木を歩きます。この老兵士さんは陸軍の人で、人格が良く戦闘力も十分とされています。彼はスラム出身の叩き上げ、若い頃は鬼軍曹と呼ばれ2ヶ月で新兵を一人前の軍人にしていたという噂がありますが、あくまでも噂なので信憑性は薄いです。
クリスタル女学園の並木は微妙に長いです。
「ブート様は明日の勇者祭には行かれるのですか?」
「いえ。お祭りは騒ぎが起こりやすいので明日は警備に当たります」
「大変ですね」
「はい。ですが職務ですから」
並木を出ると左手にはもう高等科寮です。
「それではブート様、ごきげんよう」
「ええごきげんよう。フランさんにも話は通っていると思います」
フランさんとは融通が利かない事に定評のある、高等科寮の寮母です。
部屋に戻るとシャーちゃんはもう帰ってきていました。
「シャーちゃん、悪いですけど30分ほど空けてください」
『分かった…何かあったのか?』
「実は…」
私は今日あった事を話しました。私にも何か溜まっていたようで、話すとだいぶスッキリしました。
シャーちゃんは外に出ました。私はセルシウスの髪を軽く溶いていつもの寝間着に着せ替え、魔法とおまじないを掛けます。
そして寮母室に行き、フランさんに帰ってきたことを告げます。
「…今回門限に遅れたことに関しては、特別に不問にします。大変だったでしょう」
「はい。お優しいお心遣いありがとうございます」
国家権力には素晴らしいものがあります。あのフランさんでさえ特例を認めるのですから。
「ですが、そもそも路地裏に入っては行けない事を知らなかった訳は無いでしょう?そちらはどういう事ですか?」
…せっかくお説教を回避したと思ったのに。うへー
フランさんのありがたいお言葉を拝聴して、遅くなったので急いで部屋に帰りました。セルシウスは寝ています。シャーちゃんも寝ていました。
ふああ。まだ寝るには早いですが、なんだか私も眠くなってきました。少し眠りましょうか。
−疲れた女の子が眠りにつく程度の時間−
視点:シャーちゃん
『…寝たか』
飼い主のノワールちゃんから寝息が聞こえてから少し。通気口から黒い物が入ってきて、人の形を作った。
顔を含めて全身真っ黒で、体格は男とも女とも、大人とも子供ともとれる。まあこれもアバターの1つに過ぎないのだが。彼は記憶処理班(と周りから言われている。マーキュリーのようなものだ)の一員で、主に一般人への機密の流出を防ぐため、そんな事件と出会ってしまった無辜な国民に記憶処理を施している。
このアバターは魔力を属性などに変換せずに直接使う無魔法の1種で記憶処理班の一族が管理している…らしい。前世の俺も僅かな情報しか知らされていなかった。
俺は暗黙の了解として窓の外の景色を眺め、月の光にうとうとしながら眠りについた。
−数時間後−
視点:ノワール
むくり。少し寝るつもりが、時計を見ると24:00まであと少しです。変な時間に寝るものではありませんね。
今日の事を思い返します。セルシウスと買い物してお昼を食べて大道芸人を見たりして、セルシウスが寝てしまったのでおんぶして門限にぎりぎり間に合ってフランさんのありがたいお小言を頂いて、学園が閉鎖的な分こういう開放感は格別だと思います。明日も楽しみです。
「…さん。お母さん…」
おや、セルシウスが珍しい事に嫌な夢を見ています。彼女の母親は病死しているのですが、その継母があまりよろしくないとの噂です。その噂ではセルシウスはこのクリスタル女学園に半ば押し込められたんだとか。
親ですか…。
私の黒い髪の毛は、何百年も昔の勇者様の血だそうです。私の4代前のご先祖様は地方の貴族の4男で、その家は何百年も昔はそこそこ裕福だったそうで、その時に当時王宮でメイドをしていた一人娘と勇者様が結婚されたんだそうです。以来その家では数代に一度の頻度で黒い髪を持った人が生まれて、一族の誇りとしたそうです。
そして勇者の血を引いているからか勇敢で医療魔法の才能があった父は私が生まれる前の小競り合いで戦死し、母親も私が幼い頃に病死しました。というのを、私を引き取ってくれた母の旧友である魔女さんから聞きました。その魔女さんは他の大学で教えていて、1ヶ月に1度会っています。
「お母さん…」
「はいはい。大丈夫ですよー」
セルシウスの手を握って魔法を掛けます。なんだか効き目が薄いですね。仕方がありません、セルシウスが眠るまで一緒に寝てあげましょう。
そしてセルシウスが深い寝息を立てる頃には、温かいベッドから出る気にはなれませんでした。
−翌朝−
なんだか夢を見ました。魔女さんの家におそらく今もある、幼児の私よりも大きいお気に入りのデディベアを抱く夢です。それには魔法が掛けられていて、簡単なコミュニケーションを取った気になれます。
「…きて。ノワール、起きて」
「くまちゃん、もう少し待って。あと5分…むにゃ」
「ノワール、お願い起きて!私が身動き取れないじゃないか」
んん?…ああ、夢ですか。そうだ昨日はセルシウスの手を握ったまま寝て…
「あ!ごめんなさい。寝ぼけててつい」
私はセルシウスを横から抱く形になっていました。
「まったく」
今日は勇者祭です。昨日は夕焼けが綺麗だったので雨の心配がありましたが、むしろ絶好の勇者祭日和です。草色の芝生は青々と空の光を反射し、窓を開けると誰かの飼っている小鳥のさえずりが聞こえてきます。
それにしても…
「セルシウス。なんだかおなかが空きません?」
「私も」
昨日は結局晩御飯を食べそびれました。