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郷里

 実家は旧家で、かつてはあたりの名士だったらしい。農地解放以前はほとんどの土地が実家のものだったらしく、この当時でもそれなりの土地を持っていたようだ。自分が四十になる頃にはその土地もほとんど売却するか、移譲するかしていたようだが、この当時はまだ影響力にしてもかなり残っていたように思う。そういった家の例にもれず、父は昔堅気というのか、とにかくしきたりだの何だのとうるさく、厳しい人間だった。


 自分は幼いころからそんな父が苦手で、正直なところ、怖かった。いまだにいつも怒っていたような印象しかない。父に反抗するなど、最近まで思ってもみなかった。何か失敗をしでかせば即怒られる、という図式がずいぶん昔から頭の中に出来上がっていたせいか、実家―――――とくに父の前―――――ではいつも緊張していたように思う。大人になり、ある程度分別がついてからはそこまでの過剰反応を示すことはなくなったが、高校から大学にかけてはそれがいっそう顕著だった。大学受験前、進路を父に相談し、小説を書きたいと言って、こっぴどく叱られたのが尾を引いていたと思う。


 そのような状態だったため、独り暮らしを始めて以降、親族全員が集まらなければならない盆や正月、法事といった行事以外では実家には帰らなかった。ついでに言うならば、自分が次男で、家督を継がなくて良かったこともその傾向に拍車をかけていた。


 前に帰省したのは盆で、一月前のことだったが、そのような行事の前にはまず必ず実家から連絡が入った。行事でもなく、自分から自発的に帰省をするのは――――――目的はともかくとして――――――初めてかもしれない。


 実家についてまずすることは父への挨拶。五十を過ぎ、若者の礼儀を知らぬ振る舞いに眉を顰めるようになっても、あまりのしかつめらしさに息が詰まる思いがする。表向き、何の用もないのに帰省したことを追及されるのではないかと警戒したが、考えすぎだったらしい。珍しい、とは言われたがそれだけだった。機嫌が良いようだったので、それもあるかもしれない。一応のところ、追及されれば答えるつもりではあったが、着いた早々出ていく羽目になるのは御免こうむりたかったので助かった。

その日はすでに遅かったこともあり、晩飯を食べた後は早々に床に就いた。ここ最近動き回っていた疲れもあるだろう。


 次の日、午前は何事もなく過ぎた。朝起き、朝食を食べ―――――食事の場で座る位置はほぼ決まっている。父は当然上座だ。昼まで近所を散歩して回る。ことによってはこれで見納めかもしれない。いや、また実家に来ることがあるにしても、そのころにはここも様変わりしている。実際、自分が元の時代で最後に帰省したとき、その景色は今のものとは全く違うものになっていた。確かにここは田舎で、家も少ない――――――実家の裏手は林だ―――――が、それもあと数十年で住宅地になり、隙間なく家が立ち並ぶようになり、裏の林も無くなる。それを考えれば、無駄な感傷かもしれない。


 午後。居間に、父と母と自分。兄は仕事で出かけていた。話がある、と持ちかけ、それがまじめな話だ、と言ったのは確かに自分だが、親子がいる空間にしてはあまりに堅苦しすぎる空気だ。頭の片隅でどうでもいいようなことを考えるのは緊張のせいだろう。そういえば、挨拶以外で父と会話をしたのはいつが最後だろうか。自分が帰省するのは盆等の行事の時のみで、その時期には親戚のほとんどがこの実家に集まる。その状態で家族と話すような時間などはない。そのうえ、自分は用が終われば忙しいだの何だのと理由をつけて早々に帰っていた。就職し、結婚し、娘が生まれてからもずっとそうだったように思う。そもそも、独り暮らしを始める前から、父と会話をした記憶がない。挨拶以外で話をした最後の記憶はもしかすれば高校時代の進路相談かもしれない。もっとも、それが印象に残っているだけで、他にも会話はしていたのかもしれないが、あいにくと思いだせなかった。


 ふと、同じようなことを前に考えたような気がした。あれはいつ、何に対してだったか。

いつまでたっても考え込んだままで、話そうとしない自分に話を促したのは母だった。余計な思考を追い払い、非常に簡潔に報告した。自分のやりたいこと。すでに大学に退学届を出し、アパートも引き払ったこと。


 そのあとは自分の予想通り、父は怒った。だからと言って、高校時代のようにあっさりと引き下がる気もなかった自分は、内心には恐れもあったものの反論し、生まれて初めて父と親子げんかをした。そのけんかを母はなんとかなだめようとしたが効果はなく、勘当する、と言い出した父に、もとより覚悟の上だと言い捨て、実家を飛び出した。


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