準備
やり直すならば、いっそのこと、まったく別の人生を歩んでみようと思った。
それから二年ほどは学業をこなしつつ、とにかく貯金をすることに専念した。それくらいになると、五十代の自分はほとんど意識に上らなくなる。時折、朝無意識に整髪料や電動剃刀を探そうとするくらいだ。貨幣の図柄が違うことにも、携帯電話がないことにも慣れた。
四年の夏季長期休暇、本来であれば就職活動の只中にあるはずの時期だが、自分はそれほど真剣にやっているわけではなかった。表向き、実家の両親を安心させるためだけにやっているにすぎない。自分の本当の計画を知られれば、間違いなく反対される。準備が完全に整う前に知られるわけにはいかない。成人はしていても、実質的には親の庇護が必要、というこの状態―――――学生―――――は非常に中途半端だ。体力的にはともかくとして、社会的には半人前だ。悪い言い方をするならば地位が低い。昔の自分は先の見えない職業になど付かず、きちんとした企業に就職しろ、という親に逆らえず、不服はあったものの、結局は唯々諾々と就職し、三十年以上もそこに勤めた。自分のやりたいことを無理に押し通せば勘当されかねなかったからだ。そうなればたちまち行き詰ることは目に見えていた。この準備は、そうなった場合、少しでも長くしのげるようにするためのものだ。
休暇の間に、都市部に出向き―――――自分の大学は公立でこそあるものの片田舎にある。当然住んでいるアパートもそこに近い―――――住む場所を探した。上京しようとも考えたが、資金がかかりすぎる。物価も高い。ある程度の軍資金は作ってあるとはいえ、できる限り金はかからない方がいい。住む場所が決まれば、今度はそこから通えそうな当座の働き口を探す。二年間少々の貯金でそれなりの額は貯まったが、それでも働かなければすぐに底をつくだろう。できるだけ割のいい仕事を探して、食品会社の倉庫の搬入や、トラックの積み下ろし―――――ようは肉体労働―――――のバイトとなった。
当面の収入源も確保した後は、新たに契約したアパートに荷物を運びこみ、もともと住んでいたアパートを解約した。大学に退学届を出し、準備はこれでほぼ終了した。あとは実家への報告のみ。